「じゃあ近々拉致するから、そこのところよろしくね」
義理のように訪れた小さな冬があっさりとその身を隠し、迷惑なサービス早出をかましてきた夏の日差しがケアンズの空を覆う中、てりやきの口からT君へと告げられたソレは中々に物騒極まりない内容にも関わらず、発する側にも受け取る側にも緊張感は欠落していた。
2022年10月のことである。
この年、てりやきは6年暮らしたケアンズから、大都会シドニーへの引っ越しを決断した。理由は多岐に渡るが、大きなものの一つとしてケアンズという「田舎」での臨床に限界のようなものを感じ始めたからである。この辺りの思考や交渉、決断に関しては別のブログ記事を参考にされたい。
引っ越しとなると家財から車からネコに至るまで、全てを移動する必要性が出てくる。軽く言っているが、現実問題としてオーストラリアはデカい。道が一番しっかりしている1号線を真っすぐ走ると仮定した場合でも2600km以上の距離があるのだ。
現実味がない日本人に例を挙げると、鹿児島県鹿児島市から新潟経由で北海道稚内市に車で向かうと大体2600kmで同じ距離である。
この長距離移動を目前に控え、考えることは一つである。
「せっかくなら旅をしよう」
2600kmの長距離運転はツラい苦行ではない。これは、往復しなくても良いのに遠くまで足を延ばせる絶好の機会なのである。普段であれば飛行機とレンタカーを使うコストのかかる旅になるか、もしくは往復の道のりを考慮してあまり遠くまで行けない旅になってしまうのが常だ。自由に使える車というアシがあり、遠くまで突っ込んでいっても帰路を気にしなくて良い。こんな好都合な事はあるだろうか。
折角なら内陸を目指すべきである。沿岸は開発が進んでいて人と町と車しかない。そういうのは旅とは呼ばないのである(過激派)。しかし長距離移動で内陸となれば可能であれば道連れが欲しい。適任者はいないだろうか…。
ヤツらか…。
善は急げである。連絡を入れておこう。事前に連絡するなんて優しいよなぁ。
「あ、T君?10月の終わりくらいに2週間くらい予定空けておいてね?あとシドニーからケアンズへの片道の飛行機が必要だわ。よろしく」
「…えっ」
「じゃあ近々拉致するから、そこのところよろしくね」
旅はいつだって唐突に決まるものである。