どうも、COVID‐19もすっかり落ち着いてきて徐々に規制も解除されつつあるオーストラリアのワタシデス。いうて州境界の遮断や物流の停滞、観光業における大打撃やこれから更に浮き彫りになってくるであろう経済難と、前途多難ではございますが、まぁ、割かし元気にやっております。
さて唐突ですが、数日前に獣医師達の座談会に数合わせとして呼ばれまして、まあ飛び込みに近い形での出演となったので無理矢理に搾り出した【臨床勤務獣医師としてのモットー】をちょっと喋らせて頂いたところ、主に同業者の一人から「新卒獣医師等にも広めるべきだ、文字に起こせよコノヤロー」と言われてしまいましたので、果たしてこんなぺーぺーのしがない町医者勤務医風情がそんなおこがましいことをしでかして宜しいものか、そもそもモットーなんてモンは千差万別、十人十色、わざわざこのちょっと特殊な野郎を参考にしてしまって問題無いのですか、新卒を綺麗な純白と例えるなら自分なんて地平線まで赤茶けた大地に転がるアカカンガルー色なんですよ良いんですか、なんぞと悩みつつ、案の定の句点の少なさに書き始めからそのビビり具合も垣間見えてきたところで、恥ずかしながら書かせて頂きたいと思います。
臨床勤務医としてのモットー
自分の掲げる臨床勤務医として「これ守っとけ」と勧めたいのは、以下の4要素をパラメータとして考え、各パラメーターの最大値化を目指すというものです。
- 患畜のためになる治療をすべし
- 飼主に合ったできる治療をすべし
- 獣医師が納得できる治療をすべし
- 病院のためになる治療をすべし
一つ一つの症例に対するアプローチを、この4要素に照らし合わせて考えればまず間違いないと自分は考えています。各項目について細かく分析していきましょう。
患畜(動物)のためになる治療をすべし
まずは一番分かりやすいパラメーターですね。獣医師としての原点にして頂点、動物のための医療提供です。これが無くては始まらないくらい大事な数値です。
動物福祉概念とクオリティ・オブ・ライフ(QoL)概念が一番分かりやすくパラメーター管理に使える指数だと思います。アニマル・ウェルフェアにおける「5つの自由」は動物福祉の基礎ですが、QoL概念にも大きく当てはまるのでまぁこれをそのままパラメーター管理に使って問題ないくらいに的を得てます。
- 飢えと渇きからの自由
- 不快からの自由
- 痛み、傷害、病気からの自由
- 恐怖、抑圧からの自由
- 正常な行動を表現する自由
医療を施す際に、これらの自由やQoLを『治療』の結果からどこまで守れるかがそのまま「患畜のためになる治療か」という問いの答えになります。
例:
例えば後脚の骨折患畜がいた場合の治療における選択肢と、それによるパラメーターを考えてみます。患畜のサイズ、生活スタイル、年齢等、実際にはパラメーターを左右する要素は沢山ありますが、説明のための例題ですので超端的にして5段階評価で。
- 何もしない(指数値0)=痛み、傷害、恐怖、不快、正常な行動が抑制される
- 整形外科手術(指数5)=最も予後が良いであろう最善の選択肢
- 痛み止めのみ(指数1)=ある程度の痛みの緩和のみ
- 気功術で治す(指数0)=エビデンスに基づいた医療ではない
- スプリント固定(指数2~4)=場合により予後は良いが、失敗する可能性アリ
- 断脚(指数2~4)=不可逆的。予後は個体により差が出やすい
- 安楽死(指数3)=不可逆的。動物福祉概念において不自由からの解放
と、おおよそ自分ではこう数値を割り振ります。安楽死については後述します。
気功術は極端な例を出しましたがふざけている訳では無くて、あくまでも医学的根拠に基づいた治療を提供することが僕の推奨する4要素パラメーター理論の大原則です。
飼主(クライアント)に合った治療をすべし
次のパラメーターは飼い主さんです。このパラメーター管理を怠ると臨床医として信頼を得られませんし、ビジネスとしても厳しくなっていきます。
これは飼い主さんの理念、宗教観、家庭環境、経済状況など、非常に繊細かつ大量の項目で動くパラメーターです。よって扱いはおろか、パラメーター値を把握すること自体がとても難しいのですが、そこはとにかくコミュニケーション能力に頼るしかありません。臨床獣医師の仕事は人と喋ることで、動物を見て聴いて触って匂うのは二の次です。
例:
例えば2歳のシェパードが今年2月と11月にそれぞれ1回ずつ痙攣発作を起こしたとして、それによるパラメーターを考えてみます。
例1「とにかくできる検査は全てやってください!お金は心配ありません!」
- 何もしない(指数値0)=クライアントの求める内容と真逆である
- 診察のみ(指数値1)=最低限の検査で納得しなさそう
- 診察、血液検査(指数値3)=ここで異常なかったら多分てんかん
- 診察、血液検査、MRI他(指数値5)=てんかんの除外診断最終到達点
例2「まだ若いのに心配なんです、でも今月厳しくて予算はちょっと…」
- 何もしない(指数値1)=クライアントの不安を解消していない
- 診察のみ(指数値2)=最低限の安心はしてくれそう
- 診察、血液検査(指数値4)=ここで異常なかったら多分てんかん
- 診察、血液検査、MRI他(指数値3)=経済面の負担が大き過ぎるか
例3「病院いくとお金掛かるから嫌、電話で訊きたいだけ。大丈夫ですよね?」
- 何もしない(指数値5)=お金かかりませーん!(電話ガチャ)
- 診察のみ(指数値3)=診ない事には分からんよ…
- 診察、血液検査(指数値1)=お金かかります
- 診察、血液検査、MRI他(指数値0)=超お金かかります
・・・と、解りやすく主に経済状況に焦点をおいて、極端なクライアントを3人ほど例に挙げてみました。それぞれのクライアントの価値観の違いで、同じ対応でも指数は動きます。が、ここで大事なことがもう一つ。このパラメーターは我々臨床獣医師がある程度操作できます。
例えばお金なんて気にしない!!って人に対して
「この年齢でこの頻度で血液検査やレントゲンにも問題が無ければ、およそ99%先天性のてんかんだと思います。残りの1%を考慮してMRIや髄液の検査もできますが、ヒトの発作ガイドラインにおいてはこの頻度ではまだ治療薬も使わないレベルなので様子見も選択肢の一つです」と持っていくことで
「ぼったくらない正直な獣医さんだ!(指数5)」
という展開に持っていけるかもしれません。
逆にお金掛けたくない!!って人に対して
「肝機能に生まれつきの障害があった場合命に関わりかねません。重症になってからでは大変ですよ。早期の確認は後々の医療費の負担を減らせると思います!」
「確かにそういう考え方もあるな!(指数4)」
という展開に持っていけるかもしれません。
では何故このパラメーターを獣医師が操作すべきなのか。
それは次の項目に繋がるのです。
獣医師が納得できる治療をすべし
3番目のパラメーターは獣医師当人です。このパラメーター管理を怠ると精神を病みますし、理念に則った仕事ができないので軸はブレるわ適当になるわでヒトとして終わります。本当に大事にして頂きたい。
これは獣医師本人の理念、信じるもの、熱意、やり甲斐、妥協点などがパラメーターに反映されます。そして、これは完全に自論になってしまいますが、こうした獣医師の根本となる理念はおよそ20%が学生の頃、70%くらいが働き始めて最初の2年程の影響で形成されると思ってます。この時期に学んだ「獣医師像」は後々まで引きずる傾向にあると思うんだ。
例:
飼い主パラメーターの時に使った、痙攣発作の例を使って獣医師側のパラメーターを考えてみます。
- 何もしない(指数値0)=獣医師としての仕事を全うしていない
- 診察のみ(指数値3)=最低限の診察。まぁ再発するまで大丈夫かな
- 診察、血液検査(指数値4)=一次診療としてシッカリしてる
- 診察、血液検査、MRI他(指数値5)=ゴールドスタンダード!
と、これくらいの指数の上下になると思います。基本的に獣医師としての理念は「根拠に基づいた医療」が主軸になっているべきなので、検査量が増えたり確定診断を目指したりより予後が良くなる最善治療を施せば施すほど、このパラメーターは上がります。
また、個人別により熱意を持ってぶつかりたい分野なども存在しますので、そういった方向にベクトルが向くことでパラメーター値が上がることもあるでしょう(例:画像診断大好きだから是非MRI撮りたい、整形外科が得意だから手術歓迎、等)
よって、獣医師パラメーターと飼い主パラメーターのバランスを取ることは非常に重要になってきます。クライアントの意向にひたすら合わせて獣医師が納得できない治療をすることは間違っていますし、逆にクライアントのことを考えず獣医師がやりたい治療をゴリ押してもいけません。
場合によっては飼い主のパラメーターを正しい方向に操作し、場合によっては獣医師もある程度の妥協をしなければならないわけです。
・・・ちなみにネガティブな要素もこのパラメーターに含まれることがあります。例えば金儲け至高主義の獣医師は一定数存在しますが、彼らの場合は「お金になるか(熱意、やり甲斐)」でこの獣医師パラメーターが上下します。そこは否定しません。お金は大事だもの。ただし飼い主パラメーターを無視して金儲けをゴリ押すヤツは見下すし、更にはエビデンスのかけらもない似非医学で動物の健康にまで被害を及ぼすクズ、てめーは駄目だ。
病院のためになる治療をすべし
最後のパラメーターは病院のためになるか、言い方を変えるならビジネスのためになるか、です。読んで字の如くで、深く考える必要のないパラメーターですが、この4つ目のパラメーターを常に意識することは一定のお給料を頂いている「勤務医」にとってとても大事なこと。多分だけど院長先生もこれ意識しないと暴走するから大事だと思う。
パラメーター自体はとても簡単に出来ています。その治療はビジネスとして勤めている病院に利益をもたらすかどうかです。 お金が入ってくるなら指数は上がり、お金が出ていくなら指数は駄々下がりします。分かり易い。第1の動物パラメーターくらい分かり易い。
例:
通りすがりの人が予防接種歴不明、病歴不明、交通事故に遭った野良猫を連れて来院
- 無料で治療(指数値0)=ビジネスとして赤字である
- 通りすがりの人に全額請求(指数値5)=ビジネスとして黒字である
- 通りすがりの人に割引請求(指数値2~4)=割引率次第で利益も不利益もない
- 安楽死(指数値3)=短時間で終わらせられる面でもほぼプラマイゼロ
色々と思うところはあると思いますが、その「思うところ」は獣医師パラメーターと飼い主パラメーターに割り振ってください。第4パラメーターはひたすらに利益か不利益かだけ。割り切ろう。病院の評判・口コミとかいう要素も差しあたって分かり易くするために無視して良いです。そこに関しては院長の方針の問題なので、そこに合わせましょう。
勤務医モットーにおける安楽死
単体として特筆すべき部分でしょう。自分が掲げる勤務医モットーにおける安楽死という選択肢の立ち位置です。キツい事言いますが、獣医療において安楽死という選択肢を端から無いものにしては絶対にいけません。
まずこのモットーの4項目において、第1項目と第4項目の考え方が実にシンプルであることは分かって頂けると思います。動物のためになる治療パラメーターと、病院のためになるパラメーターです。安楽死という選択肢はいついかなる状況においても、この2つのパラメーターの指数を真ん中に持っていくことができます。
この2つは、いうなれば物理的なパラメーターです。目の前に苦痛や不安を伴う動物が物理的にいて、ビジネスや金銭という物理的な枷があるわけですね。「ものは考えよう」―――物事は考え方次第で、よくも悪くも受け取れると言いますが、物理的パラメーターはどう考えても良くなったり悪くなったりしないんですよね。どう頭を捻って考えたところで動物の苦痛は和らぐことはないし、赤字はどう考えても赤字なんです(院長でもない限り)。この二つの項目をどんな状況でも安定して指数3にまで持っていける選択肢の存在って凄いんです。
あとは残りの2項目をどうすり合わせるかだけに集中できるわけですが、この2つは物理的な障壁ではなく精神的なものです(精神的パラメーター)。物理障壁は時に絶対不変な状況に陥ってしまいますが、精神的な障壁は動かせます。難しいけどね…。
簡単にまとめるなら、パラメーターには優先順位があります。
物理的なパラメーターのほうが優先度は高くなります。飼主指数と獣医指数はものの考えようでなんとかなるので。これ、後々大事になってくるので覚えておこう。
言いたい事はあまり伝わっていないだろうけど、シェルターメディシンとか経験したら分かり易くなると思います。
応用例題
4項目を応用して、勤務医の治療として「やってはいけないこと」がどのようなパラメーター配分になるのか、例題を使ってみていきます。基本的にこのパラメーターの考え方を使う際にはまず、突出して極端に低いパラメーターが存在する治療法は別の案を模索すべき、がキーワードになります。
例1:夜間対応で初診の胃拡張捻転の8歳ド―ベルマンが来院。直に手術をしなければ助かる見込みはない。手術を適切に行っても死亡率は10%程。夜間対応の面もあり、手術料は30万円。
飼主「払えます、直に手術をして助けてあげてください」→手術を行う
- 動物指数☆☆☆☆☆ 苦痛を治せるかもしれない最善手である
- 飼主指数☆☆☆☆☆ 希望通りの対応である
- 獣医指数☆☆☆☆☆ (翌日睡眠不足不可避を除き)本懐の対応
- 病院指数☆☆☆☆☆ 正規の時間外費用を請求できる、黒字
飼主「半分だけ払えます、残りは1ヶ月以内に必ず払います」→手術を行う
- 動物指数☆☆☆☆☆ 苦痛を治せるかもしれない最善手である
- 飼主指数☆☆☆☆☆ 希望通りの対応である
- 獣医指数☆☆☆☆☆ (翌日睡眠不足不可避を除き)本懐の対応
- 病院指数☆☆ 未回収の可能性があり、赤字の危険が伴う
飼主「30万円は無理です…でも助けて…」→手術を行う
- 動物指数☆☆☆☆☆ 苦痛を治せるかもしれない最善手である
- 飼主指数☆☆☆☆☆ 希望通りの対応である
- 獣医指数☆☆☆☆☆ (翌日睡眠不足不可避を除き)本懐の対応
- 病院指数 全額未回収のリスク、借金回収への人件費が赤字
飼主「30万円は無理です…安楽死は嫌です、連れて帰ります…」→対応の放棄
- 動物指数 確定的な死が待ち、苦痛を長引かせるだけの最悪手
- 飼主指数☆☆☆ 金銭面での利。安楽死否定の気持ちは優先される
- 獣医指数 全くの無力、何もしていない、存在意義とは
- 病院指数☆☆☆☆☆ 赤字のリスクが無い。診察料は取る。
飼主「30万円は無理です…安楽死は嫌です、連れて帰ります…」→安楽死へ説得
- 動物指数☆☆☆ 苦痛からの速やかな解放
- 飼主指数☆☆ 金銭面での利。安楽死否定の気持ちは優先されない
- 獣医指数☆☆☆ 手術をしたとしても死亡率があり、妥当な対応の一つ
- 病院指数☆☆☆☆☆ 正規の安楽死費用が請求できる、黒字。
解:絶対に選んではいけない選択肢が2つあります。治療費未回収のまま手術に突入のパターン(病院指数ゼロ)と、手術せずに飼主がイヌを連れ帰るパターン(動物指数ゼロ)です。
このうち、飼主が連れ帰るパターンの獣医指数は振れ幅があると思われ、獣医師によっては「涙を流す飼主の前で安楽死を強行しなくて済む」ことに肯定的な気持ちを持つ人ももしかしたらいるかもしれません。
しかし優先されるべきは飼主の気持ちではなく物理的に苦しんでいる動物指数です。飼主の気持ちは説得で動かせますが、動物の苦痛は手術か安楽死の二択以外にはどうしようもなく、この2つ以外を選んだ時点で獣医師としての仕事を放棄しています。安楽死の説得案は妥協案ですが、動物の苦痛を代弁し、飼主に対応が必要であるということをできるだけ納得してもらい、飼主指数を上げるのが獣医師としての主な仕事になります。
ちなみに「手術費未回収で手術」は危険。今回は初診ということにしてあるので飼主と病院の間に信頼関係はありませんし、術中死の可能性もあるので術後に動物を人質に取ることもできなくなる可能性アリ。半額回収で手術に関してもそのまま蒸発されることがよくあるのは臨床現場で働いていれば痛いほど知ってるでしょう。
例2:「吠えるし家具を傷める」という理由で健康な生後6ヶ月の仔犬の安楽死を希望してきたクライアント
安楽死に応じるという選択肢:
- 動物指数☆☆☆ 安楽死なので指数3、QoLの保証はあるが最善ではない
- 飼主指数☆☆☆☆☆ 希望通りの対応である
- 獣医指数 若く健康な個体の安楽死に対する理念・信念の葛藤
- 病院指数☆☆☆☆☆ 正規の安楽死費用を請求できる、黒字
しつけの方法を教育し、飼主がそれに肯定的な場合:
- 動物指数☆☆☆☆☆ 安楽死の回避、飼主との信頼関係獲得を目指せる
- 飼主指数☆☆☆☆ 時間はかかるが問題点の克服を目指せる
- 獣医指数☆☆☆☆☆ 知識の伝授による動物と人の救済は本懐である
- 病院指数☆☆☆☆☆ 正規の診察料を請求。黒字
しつけの方法を教育し、飼主がそれに否定的な場合:
- 動物指数☆☆☆☆☆ 安楽死の回避、飼主との信頼関係獲得を目指せる
- 飼主指数 問題行動を早急に無くす目的を全く果たせない
- 獣医指数☆☆☆☆☆ 知識の伝授による動物と人の救済は本懐である
- 病院指数☆☆☆☆☆ 正規の診察料を請求。黒字
里親探しのためにシェルターに譲渡する案に飼主が応じた場合:
- 動物指数☆☆☆☆☆ 安楽死の回避
- 飼主指数☆☆☆☆☆ イヌを手放すという目的は達せられる
- 獣医指数☆☆☆☆☆ 若く健康なイヌの命を救える
- 病院指数☆☆☆ 利益も不利益もない
シェルターが満員で受け入れられないが、里親が見つかるまでは現飼主がそれまで世話をするように説得:
- 動物指数☆☆☆☆ 安楽死の回避、低下したQoL(絆の喪失)の延長
- 飼主指数☆☆ 妥協案。最終的に手放すという目的は達せられる
- 獣医指数☆☆☆☆ 若く健康なイヌの命を救えるが遺棄や虐待の危険性あり
- 病院指数☆☆☆ 利益も不利益もない
里親を探すこと2週間、仔犬は人の手や男性の声に怯えるようになってきた。体重も少し減っている。飼主が再度安楽死を打診してきてこれに応じる:
- 動物指数☆☆☆ 虐待による動物福祉やQoLの低下からの不可逆的解放
- 飼主指数☆☆☆☆☆ 希望通りの対応である
- 獣医指数☆☆ 妥協案。虐待阻止の使命、安楽死に対する葛藤
- 病院指数☆☆☆☆☆ 正規の安楽死費用を請求できる、黒字
里親を探すこと2週間、仔犬は人の手や男性の声に怯えるようになってきた。体重も少し減っている。飼主が再度安楽死を打診してきてこれを断る:
- 動物指数 虐待の継続により動物福祉に多大な懸念が生じる
- 飼主指数☆ 手放すという目的がまだまだ達せられない
- 獣医指数☆☆ 死の回避で指数は増えるが、動物福祉懸念で減る
- 病院指数☆☆☆ 利益も不利益もない
解:初診における安楽死は獣医師が到底納得できない選択肢であり再考すべきである。ただし獣医師によっては若い個体の安楽死に抵抗がないかもしれず、その場合は獣医師指数3程度は維持できるだろう。
しつけによる矯正が成功することが「動物、飼主、獣医師、病院」の全てにおいて最も望ましいが、飼主の気持ちをこれに動かすコミュニケーション技術が要求される。
しつけ案が通らないと判断した場合は、飼主指数がゼロの案であるためこれを破棄して里親探しを優先する。もし里親探しの間も飼主と暮らす必要があり、その最中に虐待や飼育遺棄の可能性を見出した場合、自分であれば動物保護の理念から安楽死に対する獣医指数が上がる。場合によってはやむなしとなってくる。
例3:貴方は環境保護に興味を持つ獣医師でありノネコ問題の対応にも熱意を持って取り組んでいる。ある日、新しい保護猫ボランティアグループから「避妊手術を3000円でやってください」と頼まれた。
安い値段で大量のノネコを里親に出し、少しでも生態系を助けたい!要望に応える:
- 動物指数☆☆☆☆☆ ネコに不利益は無く、環境問題には助けになる
- 飼主指数☆☆☆☆☆ ボランティア指数、安くネコが助けられる
- 獣医指数☆☆☆☆☆ ノネコ問題の対応に熱意がある
- 病院指数 人件費、麻酔費、光熱費、薬剤費、とても賄えず赤字
僕の仕事が終わった後、麻酔師のアシスト無し、ガス麻酔無しで滅菌してない器具使って糞安い縫合糸使えばギリギリ3000円に収まるから、仕事の後に応じるよ:
- 動物指数 正しい環境での手術ではなく術中・術後の危険が伴う
- 飼主指数☆☆☆☆☆ ボランティア指数、安くネコが助けられる
- 獣医指数☆☆☆☆☆ ノネコ問題の対応に熱意がある
- 病院指数☆☆☆ 薬剤費と消耗品だけなので赤字にも黒字にもならない
人件費を含めた最低限の値段は取らないと…避妊術定価の6割引きで答える:
- 動物指数☆☆☆☆☆ ネコに不利益は無く、環境問題には助けになる
- 飼主指数☆☆☆ ボランティア指数、少し値は上がったが正規より安い
- 獣医指数☆☆☆☆☆ ノネコ問題の対応に熱意がある
- 病院指数☆☆☆ 赤字にも黒字にもならない最低限は取っている
避妊術定価の6割引きで答えるけど、これに対応するとAさんのワンちゃんの手術まで手が回らなくなりそうだ:
- 動物指数☆☆☆☆☆ ネコに不利益は無く、環境問題には助けになる
- 飼主指数☆☆☆ ボランティア指数、少し値は上がったが正規より安い
- 獣医指数☆☆☆☆☆ ノネコ問題の対応に熱意がある
- 病院指数☆ 正規の仕事が受けられなくなると相対的に赤字
Aさんの手前、割引はいかんでしょう。正規の値段で受けますよ:
- 動物指数☆☆☆☆☆ ネコに不利益は無く、環境問題には助けになる
- 飼主指数☆ ボランティア指数、正規の値段はキツい
- 獣医指数☆☆☆☆☆ ノネコ問題の対応に熱意がある
- 病院指数☆☆☆☆☆ 黒字になる
解:ボランティア等の対応をしている病院でよく起こるケース。基本的に人件費も賄えないような低額で受けてはいけません(病院指数ゼロ)。
また、赤字が出ないけど黒字も無い程度まで抑えた場合、こういうボランティア活動を行っている間に正規の仕事が入れられない状況になってしまうと結果的には黒字の仕事を取り逃したという意味で相対的に赤字になります。うちの病院の場合では「ボランティアの仕事は優先度最低」で日々の手術をしており、まず飼主がいて正規の値段を払っている手術を行い、もし手術の時間が余っていたらボランティアの仕事にかかります。飛び込みの手術で予約を入れていたボランティアネコの手術がいきなり延期になってしまっても、ボランティアに文句は言わせません。そういう約束になっているのです。
シェルターメディシンにおいては単価を下げるために薬品や消耗品を安いものにして対応することがあります。これに関してはメリットとデメリットが共存するためある程度であれば許容範囲だと自分は考えますが、行き過ぎるとメリットで上がる動物指数よりもデメリットで下がる動物指数のほうが大きくなります。
上記の問題を全て解決するのが「ボランティアの仕事を正規の値段で受ける」です。優先度も下がらないし、病院側も黒字になる(正直それでもノネコや野良猫はどんな病気や寄生虫持ってるか分からんので、病院に入れること自体がぶっちゃけ正規の飼い猫よりデメリットではありますが)。
まとめ
雇われの臨床獣医師というのは特殊な立ち位置です。動物を助け、飼主を助け、病院の収益を助け、それでいて自分自身の管理もしなければなりません。
世界は優しくないので全てが丸く収まることはそうそうなく、一部が犠牲にならざるを得ない状況ってのが出てきます。そういうときに、一つの犠牲を大きくするよりも、バランスを考えるという意味でこのパラメーター理論は自分の治療方針の思考において大きく役立っております。
ここまで頑張って書いてはみたものの非常に解りにくいし、飼主指数と獣医指数に関しては定義もメチャクチャ曖昧なので特に新卒獣医師には訳分からんとは思いますが、もし選択に迷ったとき、とりあえず4つのパラメーターがあるんだっけか程度にでも思い出していただき、少しでも助けになれば幸いですね。
おまけ:隠しパラメーター「社会指数」
例4:狂犬病ワクチンは副反応のリスクがあるから怖い!打ちたくありません!
解:法律で接種が義務付けられておりパラメーターによる思考をする必要がありません。基本的に例外無く「打つ一択」であり、対象動物の体調がすぐれない等の理由で打たない場合もそれは「延期」であり「免除」ではありません、つまり最終的には打つことが前提とされています。
ちなみにこれ、パラメーター理論でもしっかりと説明つくようになってます。便利ですね。何故なら巧妙な罠が張ってあります。随分と上の方になってしまいましたが、4つのパラメーターをまとめた画像に英語でこう書いてあるんですよ。
はいここ赤線。ぶっちゃけこの一文字が大事なのってこの最後の例題くらいで、ブログを書く際に面倒だったのと分かりにくくなるので今まで「病院のためになる治療」「病院指数」としてきていました。でも自分のパラメーター理論の原文には「Community(社会)」という一文が実は加わってるのよね。細かい事言うと獣医指数に関しては「Employee(従業員)」なので、職場にいる看護師さん等の心境を無視した独裁案もご法度なんですが。
閑話休題、話を戻す。
病院指数ですが、これは場合によっては「社会指数」に置き換えられます。社会のためになるか、という指数になるんです。すると、狂犬病ワクチンのパラメーターはこう変化します。
副反応が怖いっていうから打たないよ:
法律で決まってますので打ちます:
- 動物指数☆☆☆☆ 狂犬病リスクが消え、副反応リスクが若干ある
- 飼主指数 説得次第で指数を上げられる
- 獣医指数☆☆☆☆ 正しい仕事を行っている。副反応怖ぇー
- 社会指数☆☆☆☆☆ 法律順守、社会を狂犬病リスクから守る
選択肢はこの2つに限られます。困りました、「パラメーター値がゼロになってる選択肢は避けよ」がここでは有効に働きません。
しかしね、飼主指数ってのは説得や教育で動かせるんです。
病院指数の場所にあるこの社会指数は物理的パラメーター。ものの考え方だけでは動かせません。法律を守っているか、法律を遵守しているか。表か裏かです。
そうなるとパラメーター内の優先順位があります。物理的パラメーターは精神的パラメーターより優先されます。結果、飼主指数ゼロの案よりも、社会指数ゼロの案のほうがより問題視されるんです。
そこそこよくできてると思うんだ、パラメーター理論。