とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

コウモリと狂犬病と、動物感染症研究所

 

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麻酔でぐっすりコウモリさん

イヌに襲われてしまったというコウモリさんが来ました。

時間もあったし、骨折とかは無い様子なのでとりあえず傷口を縫ってみることに。

 

こういう時はあれです、基本もうアドリブです。「イヌだったらこう縫う」の勢いで縫ってみます。同じ哺乳類だもの。ただまぁ抜糸はできないので、時間と共に溶けて自然に落ちる素材を使います。

 

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傷口。結構バッサリと開いてましたが奇跡的に筋肉も骨も大丈夫だった

縫っちゃった。あとは抗生物質さん、お願いします。

 

コウモリは実はこの業界で嫌う人が多かったりする動物。とにかく色んな細菌やウイルスの温床になってる傾向があるんですよね…。

 

オーストラリアは世界的にもかなり限られている狂犬病清浄国でございます。

いや、「狂犬病フリー(Rabies free)」と認められた国は現在では沢山あるんですよ。これの定義はアメリカ疾病管理予防センター(CDC)が認める、「一定期間狂犬病発症例が無い、疾病制御状態にある国」なので、日本国も狂犬病を制御できているRabies-freeの国の一つです。

しかし日本は過去に狂犬病が蔓延した国であり、現在も「完璧に狂犬病を撲滅したとは言い切れない」というスタンスを貫く必要があり、予防のためペットの狂犬病ワクチン接種は義務付けられてます。隣国と陸地が接していない島国であってもまだ警戒しないといけない、大変な病気なのです。人間の致死率ほぼ100%ですからね…

が、オーストラリアは世界的にも珍しい、狂犬病の発症例が皆無という完全クリーンな国。この発症例皆無という国は他にはメジャーなところでニュージーランドノルウェー、あとはマイナーな小国の島々しかありません。

だからオーストラリアではワンコに狂犬病ワクチンの必要性はありません。我々獣医師も狂犬病ワクチンを打っておらず、暴れまわるイヌに咬まれても「痛ぇ」の一言で済みます←

狂犬病発生例ゼロってすごいことなの。そしてそれを現在も死守してる税関の前線部隊には頭が上がりませんな。

 

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脚可愛い。どうしても羽根に見えるから手足の存在がやはり不思議だ

で、なんでいきなり狂犬病の話を書き始めたかですよ。

 

オーストラリアに狂犬病ウイルスないないと言ったな。

あれは嘘だ。       ウワァァァァァァ

 

狂犬病ウイルスは「リッサウイルス属」の一属なんですが、このリッサウイルスの中に「Australia bat lyssavirus(ABLV)」という仲間が存在するのです。もう名前そのまんまなんですが、こいつはコウモリをホストとするウイルスちゃん。コウモリから人間へと直接感染することが可能な、立派な人獣共通感染症です。感染しているコウモリに噛まれることで発症するという点からも、こいつは立派に「オーストラリア版の狂犬病」なのです。

 

まぁこいつを持ってるコウモリ自体は吸血コウモリではなく、基本的にフルーツを食べて暮らしてる温厚なベジタリアン共なので、公共衛生的には別段問題ないんですよ。人間の発症例も偶発的なモノが多く、たまたまコウモリに触れる機会があり、偶然咬まれてしまったというケースばかり。普段暮らしている分には全然気にしなくて大丈夫なんだけど、動物の保護を行うボランティアや、コウモリを診る獣医は気を付けないとイカンのです。

ABLVの人間用ワクチンもあるので、コウモリを頻繁に診る場合にはちゃんと予防接種を受けよう。

 

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麻酔から覚めたけどまだフラフラ。可愛い。

 

ちなみにいわゆる「ゾンビ」を扱うフィクションのほとんどが、ゾンビウイルスはリッサウイルスの進化形として取り上げます。狂犬病ならぬ狂人病なわけですが、もしかするとゾンビパンデミックの発端はオーストラリアでコウモリに噛まれた野郎、という可能性も…

 

 

割と冗談じゃなくて、そういう特殊な環境が存在するオーストラリアは人獣共通感染症とそこから浮かぶ公共衛生の研究にしっかり力を入れている世界でも数少ない国の一つ。

 

いわゆる「研究所」には世界共通のバイオセキュリティーレベル(BSL)という数値がそれぞれに存在していて、4段階評価でどれくらいヤバい研究をして良いかというのが定められているのです。

レベル1(BSL-1)は「まぁ研究室で飲食しなけりゃいいよ」程度のセキュリティーで、ヒトや動物に感染症を起こす可能性の低い微生物しか扱ってはいけませんが、

レベル4(BSL-4)になると「完全隔離」「完全防護服での入室絶対」「通り抜け式オートクレーブ設置義務」等々、バイオハザードかかってこいや!みたいな安全性の塊りをもった施設になります。それこそバイオハザードが起きてしまったら完全にシャットアウトできるように、施設の一部が水中にあったりするとか何とか。こういう施設に限り「毒性・感染力の高い病原体」「治療法が確立していない病原体」等の研究が許されている、人間属の最後の砦。

 

レベル4の研究所は先進国でも所有国が少ないようなツワモノで、日本では国立感染症研究所が現状唯一のBSL-4研究所理化学研究所もBSL-4運用は可能)。ここでは何扱っても良いんですが、基本的には人間の病気に関する研究をします。

一方のオーストラリア。なんというか、「Australian Animal Health Laboratory (AAHL)」という、動物感染症及び人獣共通感染症専門のBSL-4研究所を持ってます(その他に人間用のBSL-4研究所が2つ)。この国の疫病管理体制はガチなんです。

観光客の皆さんはオーストラリアに来たとき税関で色々と食糧の破棄処分や罰金を喰らって文句言いますが、この国は畜産大国であり固有動植物の宝庫なんです、それを守り監視するため、動物専門のBSL-4研究所を建てるくらいには本気なんです。そこだけでも分かってください。

 

 

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Australian Animal Health Laboratoryとその周り

AAHLの隣りにゴルフ場や畑があるのは「研究所の半径1.5kmで家畜や愛玩動物の飼育を行わせないための処置」だったりする。

 

ちなみに動物感染症専門の研究機関はオーストラリアのAAHLを含めて世界に六ヵ所しか無い。宇宙人が地球にやってきたらサンプルはこの6ヵ所に来るのであろうか...。