戦慄の旋律に怯える夜は続く。
朝の6時頃に起床。昨晩日暮れと共にその真価を発揮してきたバカデカ蚊たちは、一部のしんがり部隊がテントのシュラフの裏側に伏兵の形で潜んでいたが、太陽光の熱にその機動力を奪われ大した戦闘にはならなかった。だが、かわりに視界良好となったハエたちが制空権を確保しており、我々陸戦隊の野営班はまだまだ厳しい状況に置かれていた。
早朝の探鳥は野営地点周辺のブッシュを藪をこいで行き当たりばったりコース。事前情報ではこの辺りにもアキクサインコの出現記録があるためT君は粘りに粘って探したが、結果は空振り。クルマサカオウムも出現せずボウズを喰らうこととなった。
どうせ日中は暑くて鳥も出ない。この場に留まっていてもただただ不快指数だけが上がるので、テントを干して畳んで、一度Bourkeの町へと戻ることに。戻る道中で道を横切る爬虫類。この旅では何故かここまで一度も出ていなかったアオジタトカゲさんである。身体が暖まっていたようでめちゃくちゃ素早く逃げられた。
まずは飯でも食うかということになり、Bourkeの町の公園のベンチで湯を沸かしつつ昼飯の用意。ここは蚊もハエもいなく風通しの良い涼しい環境。快適である。
飯を食いながら今後の動向についての作戦会議。今朝の探鳥が想像以上に空振りであったことから、この日は同じ場所に連泊して翌日朝に探鳥再チャレンジをするという方針に決定した。日程に縛られない自由な旅である、連泊したっていいじゃないか。
公衆トイレの水道で洗髪したり、近くの探鳥ポイントをうろついてみたりしながらジワジワと日中の時間を潰す。T君は薬局に立ち寄りBushmanを購入。虫除けの代表格であるDEETです。日本だと近年までは12%、今でも30%以上の濃度は禁止されているコイツですが、オーストラリアだと何食わぬ顔で80%濃度のやつとか売ってる。プラスチックにこぼしてしまうとプラスチックが溶けます。
夕方になった頃、またしても前日にステルスキャンプを決め込んだ地点へと再出発。周り中にエミューが大量にいてもはやここはエミュー牧場なのではないかと錯覚すらおこすが、なんてことはないただの野鳥共である。
そしてアゴヒゲトカゲ達も道の真ん中にいっぱい転がっている。何度も轢きそうになりつつ写真を撮りながら進む。
「なんかアイツ動かねぇな」
「ちょっと俺どけてくるわ」
「よろしく」
「ほらあっち行きなさ…いやそっちじゃない!」
「いや車のほうに来るんかい!どこ行った?」
「えーっと…あっ!」
「ちょっと来て!大変だぁ!」
「どうした…うへぇ面倒なことになったなぁオイ!」
「こっちから追い立てるから掴んで」
「おけーい…おk、掴んだ!」
アゴヒゲインシデントに見舞われつつも昨晩の野営地点に舞い戻り、今朝畳んだテントを再度展開し、日が暮れる前に飯。我々は日が暮れればヤツらの猛攻が始まることを既に学んでいる。急いで米を炊き、急いでサイコロを振り、急いで牛丼を掻きこんだ。
「足…こいつらズボンの上から足刺して来るなぁ…」
既に蚊の威力偵察部隊と交戦状態に入ったBushman装備のT君が唸る。
「腕が駄目なら…」
「……足をかじればいいじゃない?」
「出た、マリー蚊ントワネットの名言」
「言ってねぇから」
「あと俺あの名言も好きだなぁ、蚊ヶ智光秀の名言」
「なんだっけ」
「敵はホント足にあり」
「言ってねぇから!」
「あと俺あれも好きだな…蚊蚊ーリンの…」
「なんだっけ」
「血は赤かった」
「言ってねぇ…ってかもうそれ蚊ぁ関係無ぇから」
バカ話もほどほどに、日没とともに本格的な増援部隊の到着を察した我々はこの日も早々にテントという名の防空壕に身を潜め、闇夜の制空権を完全に確保した蚊たちが織り成す、体当たり攻撃でシェラフをコツコツと叩くリズム隊と、その独特不快な羽音で不協和音を奏でる弦楽器隊の旋律に戦慄を覚えつつ、震えながら目を瞑った。