そして踏み入れる、運命の町。

陽が昇り始める少し前にこの日も起床。夜の蚊の空襲警報が止み、まだハエの出勤時間には早すぎる午前6時。野営地で唯一平和なひと時である。早朝の活発な時間帯を狙って、T君も自分も思うがままにそこら中に広がるフィールドへと踏み込んでみる。
しばらくブッシュの中を歩いていると上空からキャララキャララと鳴く声が。クルマサカオウム!声のする方向へと草木を分けて進むと特徴的なピンクの姿を発見。ユーカリの洞から洞へと移動しては覗いている様子。営巣地でも探しているのであろうか。可愛らしい。

T君は別エリアで無事にお目当てのアキクサインコに出会えたようで、実りのある連泊となった。よかったよかった。

テントを畳み、8時頃に出発。本日は移動日である。そそくさと野営地を出て車を南へと走らせ始めたその刹那であった。
「ん?なんかいる…」
「え?」
「あっ!いたいたいた!」
「えぇぇぇぇ」
道路脇のフェンスにちょこんと座っていたのは先程散々追い回しては逃げられていたクルマサカオウムさんである。君たち本当に神出鬼没というか、読めないね…

道路のど真ん中に車を停めてカメラを構える。我々を制止する者は誰もいないし、我々が道を塞ぐことで停めてしまう交通もまた皆無なこの環境。しかしこのクルマサカオウム、普段目にしている大型オウムよりも警戒心が強いのか、というかただ単にヒトという存在にそこまで慣れていないだけであろうか、道路の真ん中に突如静止した車に軽く冷笑したかと思うとすぐに飛び去ってしまった。

蚊の夜間特攻が続く戦慄の夜を乗り越え兵は精神的に疲弊していた。Bourkeの町に戻りまずは飯を食う。田舎のガソリンスタンドには軽食を出す飯屋が併設されていることがほとんどなので、給油がてらにチキンフィレバーガーを購入。
ケンタッキーもびっくりの「揚げたチキン」をそのままバンズとレタスで挟んだシロモノが出てくる。美味しいのだが少し塩気が多い。こういう雑さ加減もまた内陸で購入するバーガー系統の楽しいところである。基本どこの田舎でも何かしらの「やり過ぎ感」がその地域特有の雑さを醸し出しているのだ。

腹が膨れ塩分を存分に摂った後に南下。この日はほぼ真南に200kmほど走ったところにあるCobarという町を目指す。特にここを目指した理由はない。近くで鳥の目撃情報があったことと、近隣に無料で泊まれる野営地があったことだけである。
旅も7日目にして最終目的地であるシドニーに大分近づいてきた。我々は移動ペースを下げてできうる限り寄り道をしていこうと考え始めていた。

道中は特に何も出ないままCobarの町に到着。アウトバックな町である。金鉱石や銅鉱石で生まれた町で、入り口の看板にも鉱夫たちが象られている。

時間もあるので観光。この赤茶けたアウトバックの町には似合わないヤケに新しくて立派な建物へ。ザ・グレートコバーミュージアムだもの。グレートて。
入場料でも取られるかと思ったが全部無料。そしてこうした古い町あるあるなのだが、展示物は基本的に全てが野ざらし雨ざらしで放置された錆だらけの「昔の鉱山用具」シリーズであった。ツルハシやらトラックの残骸やら、いやまぁ好きな人には刺さるのだろうけど、解らない人にはただのサビた鉄屑でしかないのである。
物販コーナーには炎色反応が楽しめる魔法の粉やら、そのまんま銅鉱石が売られていた。そういうところはご当地間あって良いと思うよ。

道路を挟んだ向かい側には坑道を模した展示場が。Cobarの町と採掘の歴史がまとめられている、これまたあるあるの展示場ではあったが、他に時間軸に対して「殉職した鉱夫」のプレートが淡々と並んでいたのが印象的。やはり昔は死亡事故が非常に多く、時が流れるにつれて死者数がガッツリと減るのが見てとれる。安全性の向上とは凄いのだなぁ。

やることのないのでグーグルマップに乗っていた「観光名所」に行ってみるが、あるのはただの岩であった。原住民たちはここに悪い氣が集まると考えていたらしいが、自分が感じられる限り全くもってただの荒野でしかなかった。うーん、Cobarはやることなさそうだぞこれ!

陽もまだ高いので周囲を捜索してみるも、撮れ高は全くなし。あるのは動物の足跡だけである。

これは最近通ったエミュー。

こっちはカンガルー。今朝だろうか。

野良犬がうろついている場所でもないので、これはキツネだろうかね。
やることがないので設営に向かう。

テントを立て、木を集め、火を起こしてシッポリと夜を迎えた。鳥もいないが蚊もいない平和な野営地である。明日の寄り道コースを2人で考えつつ、サイコロ飯では6番の味噌汁を出してしまったので軽い夕食を済ませ、ユーカリの木が燻る中でその身をテントに転がした。
そう、この時の我々はこの何の変哲もないCobarの町が、今後その牙を剝くことなぞ知る由も無いのである。今考えると、あのとき只の岩と感じたDevil's rockに、我々は憑かれてしまったのかもしれない…。