とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

利き手を愚考する - キバタンはなぜ左利きか

長男氏、生後3.5ヶ月になっております。体重7.8kgを超える中々デカめの元気なやつです。

 

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最近おねむになると寝かしつけしなくてもなんか勝手に指チュパしながら寝落ちてくれることが増えました。偉いぞ長男氏、そのペースで育っておくれ。どうせすぐにまたペース変わるんだろうけど。

ところでさ、定性的調査で申し訳ないんだけどさ、指チュパの現場を目撃してるときさ、体感7-8割が左手指チュパなんだよね...

 

因みに産まれて間もない頃から流れは似たような感じな気がしており、例えば生後13日目のこれ↓

 

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これ右手側ね。夜中分のヨダレの汚れはこんなもんね。

 

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で、こちらが左手なわけ。明らかに多かったんよ。

そしてワタクシてりやき、バリッバリの左利き親でして。そりゃもう左手で食べ左手で投げ左目で狙い左足で蹴るという、生粋の左利きなんですが。嫁氏は右利き。

 

ヒトの世界平均は約10%が左利きで、これは時代や文化には左右されず文献や壁画を漁ってもどの地域のどの時代でも大体1割らしいんよね。つまり医療の進歩度や教育、栄養には影響されない。

が、一般的な左利きの割合が10%前後であるにも関わらず、片親が左利きだと子供に左利きが発現する確率が倍の20%、両親が左利きだと26%に跳ね上がることが統計学的に立証されてしまっているのだから、遺伝子要因は存在するのよな。

一方で、親の利き手に関わらず双子は左利きになる確率が上がる。これも中々謎。子宮内の環境の狭さや難産が環境因子として影響するんじゃね?なんて仮説は色々とあるけど、結局何も解明はされていない。

 

まだまだ物を投げたり絵を描いたりするまで全く分からんのですけど、左利き勢としては既にちょっと「ん?」と思ってしまうのです。期待と不安の両方を感じるよね。いやどっちでも良いんよ?左利きの利点はスポーツで時々便利なことと、初対面相手でも一つ話題が確定で貰えることだから。不便性に関しては10万字を超えてしまうので割愛しますが、私の場合はレストランに行けば皿の右側にあるナイフをそっと左側に入れ替え、大学の講義では椅子とL字型の机が一体化している席に窮屈しながら右側の机に体を寄せて板書をとり、急須から茶を注ぐときは急須を外側に傾けて持ち手の左側にある注ぎ口を使ってきました。社会的少数派の完全敗北である。

 

俺はカレーを注ぐレードルなるおたまを絶対に許さない。

 

 

ここからは脱線の話。このブログは脱線がシベリア鉄道くらい長くなることがあるので気を付けたい。もうこっちが本線なのかもしれないからタイトル変えるわ。

 

利き手は何故存在するのか

ここまで読んだ人は文章が好きなのであろう。であれば是非とも科学で未だに解明されていない面白い考察に付き合っていただきたいわけ。ただし結論は出ないから何も学びはないよ。

 

そもそもなぜ「利き手」は存在しているのか。様々な理論や考察は存在するのだが完璧な答えは出ていない、未だに謎の事象である。左右の脳が分業することでより精密で繊細な運動技能を効率的に行うことが可能、などといった理論が囁かれているが、実際のところ「なぜ利き手は存在するのか」という疑問に対して絶対的な答えは出せないのだ。

上記を掘り下げてみよう。利き手が存在することでより精密な運動技能を効率的にできる、といった理論が仮に100%正しい「利き手が存在する理由」だったとして、ではどうして全ての生物は利き手を持たないのかという問題に直面する。

 

人間は長い歴史の中でずっと利き手は上級生物であるヒトにしか存在しないと考えてきていた。二足歩行を行い、手を精密に扱う人間特有のものだと考えていた。より脳を進化させたヒトこそ、右脳と左脳の分業を行い、利き手という武器を持って進化してきたのだと。実際、人間に近い生物である類人猿の研究では、飼育個体であっても利き手を持つ個体およそは60%程度に過ぎず、野生個体に至っては全く利き手を持つ個体はいないという研究結果まである。

 

ではやはり「利き手」は人間が進化の上で身につけた武器であり、これが我々の精密動作を可能とさせ、てりやきは左手中指でコンピューターマウスの左クリックを行いながらこの駄文を構成するまでに至ったのか。答えは否である。なぜなら、脳機能局在論は他の生物にも存在するからだ。

 

家畜化されているニワトリは左に曲がる性質がある。

カエルは顔や口を洗う際に右手から使い始める性質がある。

カンガルーは左前脚を使い毛繕いをし、食べ物を掴む性質がある。

そして、オウムの仲間には物を掴む際、明確に左脚もしくは右脚を好んで使う種がいる。

 

「利き手」が存在していることで運動機能の向上があるのであれば、これは何万何億年という時の流れと淘汰の中で有利に働き、大部分の生物に利き手が存在しているべきだ。しかし実際は違う。利き手とはヒト特有の能力ではなく他の生物にも存在しているが、しかし同時にそれは全ての動物が獲得しているものではなく、獲得できたであろう生物の中でも利き手を獲得していないものが多く存在する

 

これは言い換えると、「利き手」の獲得にはそれ相応のコストが存在しているという仮定もできるのである。例えば左右どちらかに曲がる個体ばかりを集めた魚の群れは、ランダムに曲がれる群れよりも迷路からの脱出に時間がかかったという実験結果がある。これは流石に単純化し過ぎた極論ではあるが、利き手などの脳機能局在化は時に生存性を低下させかねないという仮説は成立してしまうのだ。実際にてりやきの左腕が吹き飛んだら明確にサバイバリティーが著しく低下するのである。飯すらロクに食えねぇ。

 

ではどうしてヒトを含めた一部生物はそのコストを払ってまで利き手を手に入れたのか。だって単純に考えても、両手とも同じくらい器用であったほうが便利に決まってるじゃないですか。謎は謎を呼ぶなァ。

 

オーストラリアのオウムの利き手

インコやオウム好きの間では結構知られている話ですが、インコやオウムの仲間にも一個体というよりは「種」という単位で利き手が存在することが知られています。

インコ・オウム大国であるここオーストラリアには様々な種類のインコやオウムが存在しますが、これらのうち23種の利き手を調べた論文が存在するのでご紹介。

この論文では各種のインコ・オウムに「持って食べるもの」を与え、どちらの足でこれを持つかを調べたもので、一個体につき時間をおいて10回挑戦させたものを、1種毎に20羽調べたものです(一部個体数の少ない種は観察個体数も少なめ)。一部の種は飼育個体も野生個体も調べたそうで、野生個体を見失わないように追いかけて10回持たせるのは本当に大変であった旨を愚痴のように書いてあるのは可愛い。調べている数が少ないと言えば少ないのでガッツリ信頼できる結果ではないのだけれど、まぁ面白いよなと思えるもの。

(Brown and Marat, 2011. The evolution of laterite's foot use in parrots: a phylogenetic approach. Behavioural Ecology 22: 1201-1208.) 

 

左脚で木の実を持ちながら食べる野生のキバタン

オウム・インコの利き手

論文内の表を和訳してそのまま持ってきた。

  • 左利きのインコ・オウム:キバタン、アカビタイムジオウム、クルマサカオウム、アカサカオウム、キイロオクロオウム、アカオクロオウム、オカメインコ
  • 左利き寄りのインコ・オウム:ヤシオウム、ユーカリインコ、ビセイインコ
  • 右利き寄りのインコ・オウム:オオハナインコ、ミカヅキインコ、アカクサインコ、コダイマキエインコ
  • 右利きのインコ・オウム:キンショウジョウインコ、ハゴロモインコ
  • 利き手の無さそうなインコ・オウム:モモイロインコ、キキョウインコ、ヒメジャコウインコ、クスダマインコ、ゴシキセイガイインコ、セキセイインコ、アキクサインコ

 

まぁ正確には利き手無しとは言い切れず「なんか右利きと左利きがめっちゃ1対1くらいで混在している種」になる可能性はあるよねこれ。

 

皆さんの飼育個体には利き手(利き足)はありますか??

 

インコ・オウムの利き手 - 体長との関係性

オーストラリアのインコ・オウムでは、体長の差で利き手の有無の相関が見られます。これは割と単純で分かりやすく、小型の種ほど利き手を持たず、大型種ほど利き手を持っているという話。

体長に対する左利き率の分布。緑は左利き率が70%越え、左利き率30%未満の右利き人口。

体長30㎝未満のインコは軒並み利き手を持ちません。大型種になると右利きと左利きが発生してきます。

 

インコ・オウムの利き手 - 遺伝子要因の示唆

なぜインコやオウムの一部は右利きになり、一部は左利きになるのか。何故オウム類は全員が左利きではなく、一部は右利きがマジョリティーになるのか。一つの可能性として挙げられるのが遺伝子要因であり、進化の過程で種が分かれる最中で利き手が遺伝子レベルである程度決定されているのかもよ、という考え方。

 

遺伝子的に見る利き手の分布。緑が左利き、赤が右利き、青は利き手無し

遺伝子分布から見てみると、左利きと右利きの種がある程度密集していることが分かる。これは進化の過程でどちらかの利き手を何らかの理由で獲得し、それが遺伝子レベルで引き継がれているのではないか、という考察に一応繋がるわけです。

 

インコ・オウムの利き手 - 環境要因の示唆

体長の違いで利き手の有無に違いが出ているのは、環境要因、特に食性の違いが強いからではないか、という考え方。簡単に言ってしまえば、小型インコはそもそも足を使って何かを持つという動作をあまり必要とせず地面を啄んで採食しているため、利き手を獲得する必要性に迫られず利き手を持たないのではないか、という発想。逆に大型オウムの多くは木の実やナッツ、果実といった大型の食物を持って食べることが多いため、器用な足さばきが有利になる利き手が定着したのではないかという話。

これは体長だけで言うとそこそこデカいのに全く利き手の存在を示さなかったモモイロインコの説明もできて、こいつら図体のデカさの割に主な食性が地面付近にある小さな草の種なので、他の大型インコのように物を持って食べる動作がほとんど必要ないんですよね。

 

適当にてりやき自身が撮った画像フォルダを見てみる

無作為に「何か持ってるオウム」を撮った写真を探してきても、やっぱり利き手は偏ってるんですよね。適当に見つけてきた写真貼っておきます。なおモモイロインコの写真も探してみたんだけどあいつら野生だと全然「持つ」動作してねぇ!キンショウジョウインコも持っている画像が無かった。いつか機会があれば右利きもちゃんと観察したい。

野生のキバタン。2羽とも左足を使って木の実を採食している。

野生のキバタン。地面に降りて木の実を採食。左足。

野生のアカビタイムジオウム。地面の草の種を左足で掴んで採食中。

野生のアカオクロオウムの群れ。皆が左足で木の実を採食。

こちらはキイロオクロオウム。果実的なモノを左足で持ち採食。


話を戻す

利き手とは謎多きものである。

何故一部の動物やヒトは利き手を獲得したのか。インコやオウムの例を見ているとそれはやはり精密な手足の運動を可能にするため、という話はシックリと来るように思えてしまう。聞き耳を立てる際にヒトは目を瞑って視覚をシャットアウトすることで神経を聴覚に研ぎ澄ますように、利き手もまた片方の機能を制限することでもう片方の機能が研ぎ澄まされるのではなかろうか、などと愚考こそすれど、答えは永遠に謎なのだ。

仮にこれが正しいとして、ではなぜヒトは大多数が右利きで、一部のオウムは大多数が左利きになってしまうのか。「利き手」があることで精密作業に有利だったとして、それをわざわざ全体人口レベルで片方に寄せる必要はなく、50%が右利き50%が左利き社会でも問題ないではなかろうか。社会性があり規律があるヒトやオウム社会ではそれでも左右どちらかに揃っていた方が便利なのかもしれない。では社会に属さないカエルやカンガルーではどう説明するのか。そこには理由なんて無いのかもしれないが、気になるところである。

 

 

そろそろ脱線もウラジオストクまで行ってしまいそうなので、てりやきの気持ち。

  • 利き手とは片側の機能を落とすことで片側の機能を精密化させる武器である。ただし反利き手側の機能を落とすというリスクを含んだものであり、生物の環境・食性・行動基準によっては生存率を下げかねないデメリットをも含んだ機能であり、一概に利き手の存在が全ての動物において絶対的な優位とはなり得ない。
  • 利き手は進化の過程で獲得した際に遺伝子レベルで発現している。ただし利き手の有意性を活かせない環境にいる動物にはデメリットが上回り発現をロストするのかもしれん。
  • なぜ大多数が右利き(及び左利き)に寄ってしまうのかはこれはもうマジで謎。右脳と左脳の使い方、みたいな論調はよく聞くけど明確な答えに辿り着けていないのなら別次元に因子が存在していそう。
  • 俺はカレーを注ぐレードルなるおたまを絶対に許さない。

 

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