とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

オカメは曇天に謳う【内陸キャンプ旅4日目】

轟く雷鳴へ吠え返せ。

内陸のオカメインコ

猛々しく謳った。

 

朝の6時頃に起床。この日の夜は冷え込みも感じられない快適な夜であった。

テントから這い出て、低木の隙間から一切の恥じらいを感じさせない朝日を迎える。

 

朝日が昇る。気温が上がる。野営人が起きる。

朝日が昇り辺りを日差しが照らし始めると、一気に大量のハエたちが活動を開始した。内陸に来ていることを実感する瞬間である。彼らがどこで湧きどこに向かうのかは分からないが、とにかくオーストラリアの内陸を実感するのはこのハエの量だ。

朝日が昇る。気温が上がる。ハエたちがアップを始める。

T君の背中もハエに染まっていく、そんな朝。

ハエ部隊の猛攻が続く中、朝露に濡れたテントを乾かし、神風特攻を仕掛けてくるハエの混じっているであろう朝食のスープを飲み干した我々は、早々に撤退準備を整えて本日の目的地であるカナマラ(Cunnamulla)に向け進路を更に南へと取った。

野生動物が出るような場所ではなかったが、平和な野営地であった。

車を走らせ始めて1時間も経たないうちに、いきなり車を掠めるような近距離に鳥の群れが飛び出してくる。

「おぉぉぉおお、おかめ!おかめ!」

驚きつつも冷静にその姿を捉えるT君。すぐに減速、路肩に車を停める。

空に舞うオカメインコ達。長い尾羽が遠目にも分かりやすい。

セキセイインコと同じく内陸へ来たことを感じさせてくれる存在だ。飼育環境下にいるあのパニックを起こすような繊細さはどこから来ているのであろうか。野生環境における彼らはひたすらに図太さしか感じさせない。

ただの道端にオカメインコは群れている。

ヒョイヒョイ言いながら飛び回るオカメ達を追いかけてみると近くのブッシュに降りたため身を屈めて近寄る我々。

オカメインコの成る木。朝の羽繕いタイム。

順光まで回り込む。

たっぷりと1時間ほどオカメインコを堪能してから再出発。突発的な出会いこそ車旅の醍醐味である。いつも思うことだが旅とはスケジュールを詰め込んではいけないと思う。何時までに何処に行って何をする!という行程に固められていてはアドリブが効かない。スケジュールってものに追われるのは仕事や他人を巻き込んでいるときだけで良いのだ。

旅は自由であるべきだ。

放牧中のウシ達が道を塞ぐ。徐行。

昼頃に中継地点であるチャールビル(Charleville)の町に到着。給油をして、ついでにガソリンスタンドに併設している軽食屋にてハンバーガーを注文。ガソリンの会計もキッチンも全てが一人の兄ちゃんで回されているワンオペガソリンスタンド兼コンビニ兼軽食屋。これもまた内陸あるあるなのだ。

魅惑のメニューが並ぶ。内陸バーガーの雑さ加減が好き。

特に魅力的な公園なども辺りに見当たらなかったのでそのままガソリンスタンドの駐車場の車内で飯。レタス多めのバーガー、肉も焼きたてで大変美味であった。キャンプ勢の我々は慢性的に野菜不足になってしまう。

内陸の雑な店で買えるバーガーを総じて内陸バーガーと我々は呼ぶ。

給油もしたので安心して再び南下を続ける。路肩には時折多量の雨水が溜まっている状態。やはりここら一体もよく雨が降っていたようだ。

当初の予定としては主要目的地の一つである「シャーロットプレインズ」を目指したいところではあるが、どうやらこの場所に繋がるダートロードは完全に水没、ないしは泥化しておりトラクターでもないと通れない惨状であることが運営側からのSNS更新で明らかになっていた。

青々とした内陸の大地。遠くの豪雨が目視できる。

折角の機会ではあったが、行けないものは仕方がないため、ここでもアドリブの旅という面を活かし、目的地を近隣の探鳥スポットに変更。カナマラ(Cunnamulla)の町を経由し、T君のリサーチによって目星をつけた場所へと向かってみるが…

奥のほうまで完全に冠水していた。

道中、冠水に直面。

「これくらいなら行けるとは思うけどなァ」

「もう夕方だし突撃して詰んだらマジで終わる」

時間的なリスク回避も含め、ここは手前の町であるカナマラに帰投することに決定。

 

Cunnamullaの町の有料キャラバンパークに設営。

当初の予定から二転三転した結果、宿泊先が完全に無くなったので町外れにあったキャラバンパーク内に設営。有料のサイトではあるが、シャワーがあるのは有難い。テントを張り終わるころには辺りには曇天が広がり、ポールが軋む程度には風が強くなってきた。嵐の予感。

もう直に夕立が来る。

キャンプは手段であって目的ではない旅である。そこにはキャンピングカーも無ければタープすらもない、荷物の軽量化と撤退速度に重きをおいた装備の我々に雨をしのぐ手段は無い。周りのキャンピングカーに乗った連中を尻目に、誰も使う様子が無いトイレ横の共通スペースの屋根の下へ、そそくさと調理器具を持ち込み避難を決め込んだ。

雨になると飯を炊く気力も失う。今日はカップ飯である。

遠くに聞こえる雷鳴と屋根を叩く雨粒に怯えつつ、明日の天気が回復することをただただ祈り続けるしかない哀れで弱々しい人間を、蛍光灯の周りの羽虫たちはせせら笑っていた。

 

youtu.be

 

 

オオトカゲに黄昏て【内陸キャンプ旅3日目】

吸い込まれるような直線を、あてもなく征け。

 

 

2022年10月22日、引っ越し内陸キャンプ旅3日目の朝。この日は日が昇る前から起床。

キャラバンパークの朝。

白々と明るくなっていく空を見上げつつ、まずはテントを放置して近隣の溜め池に赴いて早朝の飲水にくるであろう野鳥たちを狙うことに。

溜め池の前。そろそろ太陽が顔を出す。

しかしどうしたことでしょう、日が昇る前でも昇った後でも、とにかく一向に鳥達は水を飲みに来ないではないか。頭上では散発的にセキセイやオカメインコのペアが朝の挨拶を交わしながら飛んでいくものの、大きな群れであったり水場に降りてくる個体は皆無なのである。

これにはT君もあえなく撤退。

どうやら今年は雨量が多かった影響で内陸のそこら中に水溜まりができているのであろう。ともすれば水を求めて群れを成して一ヵ所の貴重な水場に集合、みたいな流れにはならないのである。

見事に思惑を外された我々は静々とガソリンを補給して撤退作業に入った。

ガソリンも内陸価格でお出迎え。

現在ボーリアの町にいる我々であったが、各所からの情報をまとめた結果、当初予定していた案である『ボーリアから南下していく』という過酷なルートはどうやら大々的に冠水していて道路として機能していないようである、ということが分かった。

数百キロもの道のりを進んだ挙句に冠水で行く手無し、なんて事態は一大事なので、T君との協議の結果、この日は来た道を半分ほど戻り、冠水していない道から南下することに決定。

オフロードを走っていたらナンバーのネジが落ちたので枝で補強。

淡々と昨日来た道を300kmほど戻る。道中の路肩で日光浴をするフトアゴヒゲトカゲを発見したので写真に収めるなどする。

アゴヒゲトカゲ。多分フトアゴ (Pogona vitticeps)のほう。

途中からとてもおこでした。ごめんね。

先に進むと今度は橋の近くで大きな丸太のようなものが転がっていた。グールドオオトカゲである。車を後退させてご挨拶に。デカいトカゲはロマンに溢れていて大変良い。

またの名をスナオオトカゲ、Sand goanna (Varanus gouldii)

肉食獣の少ない豪州では彼らが食物連鎖の頂点の一角。

昼頃には前日の通過地点であるウィントン(Winton)の町まで後退。ここから進路を南に向けて、再びシドニーに向けての旅を進めます。ここウィントンの町には何度か訪れており、ここの肉屋で買うソーセージは中々ウマい、ということも知っていたので、これはもう今日はソーセージを買って火をおこしてシッポリと夜を楽しもうではないか、などと車内では画策していたのだが…。

既に曜日感覚を失っていたが本日は週末である。肉屋は閉まっていた。

肉屋プランの破綻にテンションの下がるT君。相変わらず露骨にテンションの下がるヤツである。面白い。仕方がないので代用案として近くのスーパーでパック肉を購入してお茶を濁す作戦に。

これでも十分に旨そうなお肉を900gほど。

肉に想いを馳せつつ、300km後退というハンデを背負った行程の日なので空が明るい限りはひたすら真っすぐな道を走り続ける。その先にあるものは肉である。

今日はどこに泊まろうか。そういうレベルでアドリブの旅。

そして太陽が落ちかける頃、Douglas pond creek rest areaなる無料キャンプ地に流れ着き、この日はここで終了となった。キャンプ地とは名ばかりで、ボットン便所が敷設してあるだけの荒野である。

他には誰もいない。ここをキャンプ地とする。

手早く釜戸を作り、種火を投入して焚火を起こし、燠(おき)を作ったら持参した肉焼き網の下へと持って行く。これでフィールド炭火焼き肉の準備は整うのだ。

焚火で焼いた肉は普段の5倍くらい美味しいのは何故なのか。

飯盒炊きの白飯があって、炭火焼きの肉がある。幸せの具現化。

『肉を焼く日はサイコロは振らない』という絶対的なルールをT君によって強制可決されたため、運否天賦の介入しない平和な夜と味々したお肉を噛みしめながらこの日は夜を迎えた。

ただただ火を見つめるだけの数時間が過ぎる。

火が消えたら寝る。焚火がペースメーカー。

 

 

あの木は何を想うのか【内陸キャンプ旅2日目】

赤い空。黄色い太陽。黒い地平線。

オーストラリアの原色。

 

キャンプ旅の朝は早い。それまでどれだけ不健康な生活を送っていても、一度文明から離れてテントを立ててしまえば人の生活リズムは強制的に矯正されてしまう。つまり、夜暗くなればそれ以上の行動ができないので寝るし、朝には日が昇る前から鳥達の嬌声に起こされてしまうのだ。母なる大地と共生することで嬌声に矯正を強制されるわけである。おお。

地平線から昇る太陽を拝みながら湯を沸かす早朝の野営地。

テントから這い出て、冷え切った内陸の地面を焼き始めた太陽に挨拶をかわし、淡々とテントをひっくり返して底面の朝露を乾かす。湯を沸かし、スープを作る。世界は平和である。

誰もいない地上の星での撤退作業。

撤退作業をしていると、地平線の彼方から来た一台のトラックが目の前に停止して運転手のオッサンが声をかけてくれた。どこに向かうのかと問うので、Bouliaの方角へ向かうことを伝える。そっちなら大丈夫だ、逆方向は冠水していて沈んでいるから気を付けろよ、そんなことを叫びながらオッサンは反対側の地平線へと消えて行った。

内陸の車旅において給油は死活問題。Bouliaまで360km給油はできない。

燃料を満タンまで入れて、早々にボーリアの町を目指す。見渡す限り何もない道を走っていると、途中で牧場の溜め池周辺に群がる鳥の群れを発見。

「おっ!クマドリバトだ!」

T君が興奮気味に叫び、車は減速する。

クマドリバト、Flock Bronzewing(Phaps histrionica)。数百の大きな群れであった。

「こいつらは死ぬまでに見るべき鳥100選に入ってるんだよ!」

「数羽~数十羽の群れは見るけどここまで多いのは初めてだ!」

T君はテンションが上がると露骨なので、こちらを観察するのも面白いのである。

セキセイインコ (Melopsittacus undulatus)。小さな群れ。内陸に来た実感がわく。

前日の野営地であったCorfieldからBouliaは400km程度の距離なので、この日の日程は緩めである。道を横切る鳥を見るたびに車を停車させ、とにかく動物達を堪能していく。

オーストラリアヅル (Antigone rubicunda)

「お、エミューだ」

「子供連れてるな」

「親鳥だけフェンス潜り抜けて行ったぞ、あの巨体でどうやってんだ」

エミューは液体だからなぁ」

「Emu is liquid…それただのエミューオイルなんじゃ」

陽炎に揺れる大きな鳥。Dromaius novaehollandiae

動物が出たら停まり、腹が減ったら停まりの、気ままな旅。

地平線の真ん中にあったベンチで昼食。

きっとここが地球の中心だ。

午後3時頃には本日の目的地であるBoulia(ボーリア)のキャラバンパークに到着。早々にテントを設営して、とりあえず一服である。初日に買った氷がまだ溶け切っていないので、冷蔵庫内の炭酸飲料は冷たい。冷たさは至福。

オーストラリアの炭酸飲料といえばKirks。

陽が落ちるまではまだ時間があるのでテントを放置して車で周囲を散策。T君はハエ・紫外線対策も完璧な過激派装備で挑む。

見る人によってはアホの子、見る人によってはガチ装備でヤバい子。

T君を被写体にするのも楽しいのが内陸。

コシアカショウビン (Todiramphus pyrrhopygius)

オーストラリアチゴハヤブサ (Falco longipennis)。お立ち台状態。

遠くのほうでゆったり歩くヒトコブラクダ (Camelus dromedarius)。外来種

時間もあるので夕日が沈み行く姿をタイムラプス撮影しながらのんびりと夜を待つ。空が赤く染まり大地が漆黒に呑まれていく姿は、オーストラリアそのものの色だと思うのだ。

夕日を見る時間。人生を豊かにする時間。

あの木は何を思うのか。

ひとしきり哲学に思い耽た後で、設営地点に帰還。腹が減ったので飯の準備である。そして、飯の準備となれば出てくるのはサイコロである。神はサイコロを振らないが、飯ではサイコロを振るのだ。こちらは全く哲学的ではなかった。

我々のキッチンであり食卓であり作戦会議室。

「では本日もサイコロのほうをお願いします」

「はい分かりました、6番ですね?」

「5~6はマジでやめてほしい」

「えぇー」

「頼むから1を出してくれ!」

 

「ほいっ」

 

「「…っ!いや…どっちだ…!?!?」」

 

疑惑の判定。

「いや6でしょこれ!」

「これ6かぁ!?うーん…じゃあもう一回振って奇数なら5、偶数なら6で」

「ほい」

 

「「奇数!!」」

 

「助かっt…いや助かってなくねこれ」

本日もちゃんとした飯は食えません。