とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

「予後不良」のコミュニケーション技術

 

 

こんにちは、予後の言い方について英単語を並べると『Prognosis is poor』になるのですが、実際の臨床現場だともう少し砕けた?歪曲的な?表現になるのでしょうか。

オーナーに予後が悪いという伝え方を教えていただきたいです!

 

中の人なんていないこの手動BOTの方にこのような質問を頂きました。

 

 

『予後』の種類自体は前に触れているので過去ツイぶら下げます。

 

 

上記のツイートで紹介しているのはあくまでも「予後の種類」であって、確かに臨床現場で働いていればこのような表現が病理の研究室からのレポートで届いたり教科書や論文で読む機会もあるため「臨床現場で使う英語」ではあるのです。

 

が、今回はそこから一歩踏み込んで、実際にオーナーさんへの伝え方のテクニック。BOTの運営体勢としましては、やはりアカデミックな語彙を増やすというより、実際の現場で使えるコミュニケーション術ってところも掘り下げたいですよね。しかしこれはツイートで書ききれるような内容ではないので、ここに英語BOTの中の人から依頼される形で自分がブログを書きなぐり始めました。

 

 

 

Breaking Bad News

医学生は大学での勉強中に倫理やコミュニケーション術についても学びますが、その中の一つ、「Delivering bad news(悪い知らせの伝え方)」という会話術は、一つの技術カテゴリとして存在するくらい、臨床獣医師にとっては伝える際に細心の注意を払う必要がある大事なものです。

 

全ての年齢のイヌの3匹に1匹が、10歳以上であれば実に半数以上が何かしらの腫瘍を発症し、一番の死因となりうる昨今 [1]、予後不良に関して獣医師がオーナーに話す機会はとても多く、正しい技術が必要とされます。また、悪い知らせはオーナーだけではなく伝える獣医師側にとっても精神的な苦痛や責任感への負担が大きいです。

happyguppyaki.hatenablog.com

悪い知らせの告知に『技術』は必要か

例えば獣医師自身が悪い知らせを伝えることに不安や苦痛を感じる場合、予後不良などの望ましくない情報についての議論を避けたり、保証のない楽観論をオーナーに話してしまうリスクがあります。

 

インフォームドコンセントの観点からも、獣医師側はオーナーが望む限り正しい情報をしっかりと伝える義務があります。事実告知に際したオーナー側の感受性に配慮しながら行うことで、誤認識を避けつつ、求められる量の知識と情報を与え、意思決定をスムーズに行えることは非常に大事です。

 

ここで間違えると後々で「聞いてないぞ!」などのトラブルが(仮に伝えていたとしても動揺していて理解していなかったケース含め)起こることもあり得るので、オーナーのために、そして自分自身の精神的・法的な保護のためにも、正しい知識と技術を身につけておくのは非常に大事。

 

反面教師な例から考える

じゃあ実際にどういう技術が必要なんだ、と考えるときに、まずは反面教師的なコミュニケーションから逆算的に考えてみると分かり易かったりします。

 

例えば同僚獣医師が突然、

 

「あ、もしもし〇〇ちゃんのオーナーさん?病理検査の結果帰ってきましたけどやはり骨肉腫でした。このまま何も治療しないと大体2ヶ月で亡くなっちゃう病気ですが、断脚手術してからシスプラスチンとドキソルビシンを使った抗がん剤治療を行えば3割くらいの子は2年以上生きれますんで、まずは手術しましょう。」

 

なんて言ってたら、もう中々問題なわけですよ。これがつまり、技術の無い伝え方です。じゃあ上記は一体何が問題だと感じるんだろうな、というところから考えていくと、反面教師として上手なコミュニケーション方法が見えてきます。

 

それでは反面教師を悪い例としたまま、Breaking bad newsの正しいやり方を綺麗にまとめた人間医療のSPIKESプロトコルを見ていきます。

 

SPIKES Protocol

SPIKESとは、人間医療において「悪い知らせの告知」の実施に必要な段階的なステップを上手にまとめたプロトコルです [2]。人間医療では主にがん患者など、悪い知らせを告知する対象と直接話す世界です。獣医療現場では告知対象は予後不良の動物のオーナーさんであるため、状況は少しばかり違いますが、プロトコル自体は獣医療現場にも綺麗に流用できるものなので使い勝手は非常に良いです。

 

SPIKESプロトコルは悪い知らせの告知を6段階にわけて定義・説明しています。この6段階に沿うような形で告知を行うように注力すると、予後不良の告知はとてもスムーズに、そしてオーナーさんの負担も最小になります。勿論、時と場合によっては6つ全ての段階を踏めなかったり踏む必要が無い状況もありますが。

 

以下、一つずつ見ていくと共に、臨床英語でどういう表現があるか等も随時載せていきます。

 

SETTING up the interview (面談の設定)

第一段階。まずは面談の設定をします。設定云々の前に、獣医師側はまずこれから起きるであろう精神的負荷の大きい会話への心の準備と、何をどういうタイミングで言うかという情報告知のリハーサルを心の中だけでも行いましょう。

 

できる限り、電話越しでの告知は避けて実際にオーナーを病院に招いてお話することが望ましいです。オーナーの反応を見て、アイコンタクトを取りつつの会話の方が圧倒的にスムーズに話が進められます。これもまた実際の獣医療現場では結構難しいことも多いのですが、招き入れる際には時間をたっぷりと取れる状況で、プライバシーを守れる環境(診察時間外の診察室など)が望ましいです。

 

悪い告知をする際、伝える側である獣医師が不安になり責任を感じてしまうのは当たり前であり普通であると反芻し、そして認識することが大事。動物が好きな人間だもの。ただ、これから自分が伝えることはその動物と家族の今後について考える上でとても大事になる意思決定に繋がるものであり、結果的にはそのペットと家族のためになることであると理解して挑みます。

 

要点:

  • プライバシーを尊重せよ。診察時間外の診察室などに招いて面談を設定せよ
    • "Let's arrange for some time to discuss about 〇〇 (〇〇ちゃんについてお話したいので時間を作りましょう)"などと伝え病院に招く
    • "Come into the consult room and I will go through the results (結果をお話したいので診察室へどうぞ)"などと伝え、プライバシーの守れる診察室などに誘導する。
  • 耳は多い方が良い。関係の深い家族や友人を巻き込むように言え
    • "The whole family members are welcome to come (是非ご家族の皆さんもご一緒にお越し下さい)"。パッシブに家族・友人を誘う手段。多人数で押し寄せて良いのだと予め伝えておく手段。
    • "Would you like to call your family member? (家族のどなたかにお電話かけますか?)"。アクティブに家族・友人に電話をかけたいか聞く手段。既に一人で来ていた時などはこれ。
  • 物理的な障害を排除し、座って、急いでいないことをアピールせよ
    • 忙しくない時間を選んで面接を設定する。悪い知らせの告知中に扉バンバンとかは絶対にご法度なので他のスタッフに対応させるよう準備しておく。
    • 椅子を置き、お互いに座る。座ることはオーナーの安堵に繋がるほか、獣医師側が座るのは時間に追われていないアピールになる。
    • できれば机を挟まずにお互い座って話すことで心の壁をできうる限り排除する。人によってはある程度のスキンシップなども大事。
    • ティッシュの用意は忘れずに。

 

② Assessing the client's PERCEPTION (オーナーの認識を評価する)

第二段階と第三段階は臨床家がオーナーと面談する際の原則である「伝える前に尋ねよ」を実施する盤面です。問診と同じようにOpen-ended questions (自由回答式)の質問を使ってオーナーに喋らせます。

 

第二段階では、オーナー側が患畜の医学的状態についてどこまで理解しているかを見極めます。つまり、これから医学的所見について議論する前に、そもそもオーナーの医学的知識の基礎はどのレベルに達しているかを確かめます。個人によっては過去に同じ病気を持っていた家族やペットと関わっていたり、他の獣医師に相談していて断片的な知識を持っていることもあるため、その見極めを最初に行っておくことは大事です。臨床獣医師あるあるですが、場合によってはオーナーさんが人間医療の医者だったりするので…。

 

この段階で誤った情報や理解をしていた場合(例:老犬なので麻酔に耐えられない、抗がん剤治療は負担が大きすぎる等)は本題に入る前に訂正しておくと、本題がスムーズに話せます。また、オーナーの理解度を把握しておくことで、オーナーが理解できる範囲の情報を的確に提供する手がかりにもなります。

 

要点:

  • オーナーの医学的知識の基礎を探れ
    • "What have you been told about 〇〇’s chest radiograph? (〇〇ちゃんの胸のレントゲンについてどこまで聞きました?)” など、オーナー自身に知識と理解を語らせる。特に複数の獣医師が関わっている場合に大事。
    • "What other questions do you have?" "Is there anything else you would like to
      discuss?" など、自由回答式の質問を投げかけてオーナーの考えや心配事を引き出す。

 

③ Obtaining the client's INVITATION (オーナーの求めを確認する)

第三段階は第二段階と繋がっているため正確には段階ではないです。

 

大半のオーナーは自身のペットに関する診断や予後や疾患の詳細を知りたいと考えますが、中にはそういった情報を望まない人もいるので、まずオーナーがどこまでの情報を求めているかを本題に入る前に把握することは大事です。仮にオーナーが、例えば心の準備ができていない状態で詳細を聞きたくない場合、時を改めたり、家族・友人に話すといった選択肢を与えます。

 

第二段階で得た「オーナーの医学的知識の基礎」において、オーナー側に欠けていてオーナー側が知りたがっている情報があるかどうかの判断が大事。これは例えば臨床獣医師だったら頷いてくれると思うんですが、治療に対する金銭面の不安などは結構初期の段階からオーナーが口にしてくれる場合が多く、重点を置くべき情報であると判断できます。

 

ちなみに、最初は知りたがっていたけど途中からもう聞きたくない!みたいに、話が進むと求める情報量が変化したりするので注意が必要。

 

要点:

  • オーナーの求める情報を探れ
    • "Would you like me to give you all the information or sketch out the results and spend more time discussing the treatment plan? (詳細を全てお話しますか?結果は概要のみで、治療計画について詳細にお話しますか?)” などと聞いて、どのような情報を求めているか探る。
    • "What other questions do you have?" "Is there anything else you would like to
      discuss?" など、自由回答式の質問を投げかけてオーナーの考えや心配事を引き出す。
  • オーナーの求める情報量は随時変わることがあるので注意せよ
    • 話が進むにつれて情報量に圧倒されたり感情的になり情報処理ができなくなる場合がある。常に注意を配り、臨機応変に対応すること。

 

④ Giving KNOWLEDGE to the client (オーナーに知識を提供する)

第四段階。いよいよ本題である悪い知らせの告知をします。

 

まず初めに、「今から悪い知らせを告知しますよぉー…」といった旨の一言を発することが大事です。これをWarning shots (直訳すると警告射撃) などと表現しますが、要するにいきなり精神的にショックなことを言われるよりも、これからショッキングなことを言いますよ、と先に言われていた方が、告知後に起こる精神的ショックが和らぐのです。

 

次に本題である悪い知らせを告知し、その詳細をオーナーの医学的知識、求める情報量に基づいて伝えます。この際、オーナーに理解できるレベルの語彙や知識を提供する必要があります。専門用語は避けましょう(例:『Biopsy (生検)』ではなく『Tissue sample (組織サンプル)』)。

 

情報を提供する際には細かく分割して、オーナー側が正確に理解しているかを定期的に確認します。これはChunk and Check (塊 & 確認)というコミュニケーション技術です。一気に、そして一方的に情報を出しても精神的に不安定な状態にあるオーナーは理解できません。嚙み砕いて、ゆっくりと分割して情報を出し、それぞれの情報を理解しているか確認しながら話していくと相手の理解度が上がり、誤認識や後のトラブルを防げます。

 

要点:

  • 悪い知らせの告知前に警告の一言を発して心構えをさせろ
    • "Unfortunately... (残念ですが…)"と言って大きく間を取る作戦。
    • "I have a bad news for you (悪い知らせがあります)"と先に言う作戦。
  • オーナーに理解できる語彙と知識を提供せよ
    • ②で把握している情報を元に伝えること。
    • 専門用語は避けること。
  • 情報は細かく分割して提供し、定期的に理解しているか確認せよ
    • "What questions do you have so far? (ここまでの内容で解らない部分はどこですか?)" などと定期的に訊く。Yes/Noで答えられない自由回答式の質問がここでも有効。
    • "What part of the plan is most difficult? (このプランのどの部分が厳しいですか?)"などの質問も有効。話について来ていなければ答えられないため、理解度が測れる

 

⑤ Addressing the client's EMOTIONS (オーナーの感情に共感を込め対応する)

第五段階。オーナーの抱く感情に対応することは悪い知らせの告知を行ううえでも特に難しい課題です。告知を受けた時のオーナーは、沈黙、疑念、涙、否定、怒りなど、様々な形で獣医師に接してくるため対応力が非常に大事です。

 

感情が溢れている最中はしっかりと情報を理解できないし判断を下すこともできないので、基本的にまずはオーナーの感情に共感を込めて対応し、落ち着くのを待つことになります。オーナーさんの立場になって、感情を想像して共感を込めて対処しましょう。

 

①で家族や友人を巻き込むことを推奨するのは、耳を増やして④での理解度を増すことも目的ですが、個人的にはこの⑤において感情に共感できる人を増やしてあげることの意義が大きいですね。

 

人によっては沈黙を貫いたりして感情がハッキリ伝わらない場合もあります。こういうときは共感を込める前にまず探索的な質問を用いて相手の出方を伺う、などといった技を使う必要もあります。難しい。

 

要点:

  • オーナーの感情に共感を込めて対応し、感情が落ち着くのを待て
    • "I can only imagine how hard this is... 〇〇 has been part of your family for so long"
    • "I can see how upsetting this is for you... I was also hoping for different results"
  • 包括語 (inclusion language)を使って孤独を与えず一体感を強調せよ
    • Let's、we、our、us、togetherなどの一体感の生まれる包括語を使う
    • "We will work together for 〇〇"

 

⑥ Providing a SUMMARY (方針とまとめ)

第六段階。オーナーの感情に対応後、適切な形で知識と情報を提供したあとは今後の方針についてお互いの考えを意見交換し、治療方針を決定します。オーナーの希望する大まかな方針は③の『オーナーの求めを確認』で把握できていると話がスムーズに展開できます。

 

方針決定の段階になったら、ここまでの話を総括したまとめをオーナーと再度確認することが大事です。未来のプランが明確であればあるほど不安は解消されるため、オーナーの理解を何度も確認することでできる限り解らない部分を無くしてあげます。

 

要点:

  • これまでの話を総括してまとめ、オーナーの理解と意向を再度確認せよ
    • "I recommend these tests and this treatment for 〇〇’s oral melanoma, but there are other options. What questions do you have?”などと、オーナーの意向を汲みつつ明確な治療方針などを示しつつ、再度自由回答式の質問を投げかけて出方を伺う。

 

 

 

振り返ってみる

悪例の問題点を洗う

6段階のプロトコルをおおよそ理解したうえで、先ほどの「悪い例」を見てみます。

 

「あ、もしもし〇〇ちゃんのオーナーさん?病理検査の結果帰ってきましたけどやはり骨肉腫でした。このまま何も治療しないと大体2ヶ月で亡くなっちゃう病気ですが、断脚手術してからシスプラスチンとドキソルビシンを使った抗がん剤治療を行えば3割くらいの子は2年以上生きれますんで、まずは手術しましょう。」

 

最初に書いたこの反面教師なコミュニケーション、どこが問題かを理論的に考察して列挙してみましょう。

 

  • ① SETTING (面談の設定) 
    • 電話越しであり対面によるコミュニケーションを取ろうとしていない
    • プライバシーなどに配慮していない
    • 家族や友人を招いていない
  • ② PERCEPTION (認識の確認)
    • オーナーに自発的に喋らせる機会を与えていない
    • オーナーの医学的知識がどこまであるのか把握していない
  • ③ INVITATION (求めの確認)
    • オーナーに自発的に喋らせる機会を与えていない
    • オーナーが知りたくない数値などを伝えている可能性がある
    • オーナーが知りたい情報を伝えていない可能性がある
  • ④ KNOWLEDGE (知識の提供)
    • 悪い知らせの前に警告をしていない
    • 専門用語を多用し、オーナーの理解できる語彙にしていない
    • 情報をまとめて提供しており、分割していない
    • オーナーの理解度を確認していない
  • ⑤ EMOTIONS (感情への共感)
    • オーナーの感情への共感が見られない
    • オーナーの感情が落ち着く時間を与えていない
    • 包括語を使わずオーナーを孤立させている
  • ⑥ SUMMARY (まとめ)
    • オーナーの理解度を確認していない
    • オーナーの意向を確認していない

 

このように、理論的に何がマズいのかが説明できるようになりました。そしてこれらを改善すると「悪い知らせの告知」の質がとても向上します。

 

流れでまとめてみる

  • 【面会の設定】
  • "Let's arrange for some time to discuss about 〇〇"
    • 〇〇ちゃんについてお話したいので時間を作りましょう
  • "The whole family members are welcome to come together"
    •  是非ご家族の皆さんもご一緒にお越し下さい
  • "Come into the consult room and I will go through the results"
    •  結果をお話したいので診察室へどうぞ

 

  • 【認識と求めの確認】
  • "So before we get to the results... what have you been told about 〇〇’s radiograph?”
    • さて本題に入る前に…〇〇ちゃんのレントゲンについてどこまで聞きましたか?
  • "What other questions do you have?"
    • 他に何か不明な点はございますか?
  • "Would you like me to give you all the information or sketch out the results and spend more time discussing the treatment plan?
    • 詳細を全てお話しますか?それとも結果は概要のみにして、治療計画について詳細にお話しますか?
  • "Is there anything else you would like to discuss?"
    • 他に何か聞きたいことはありますか?

 

  • "Unfortunately... I have a bad news for you and 〇〇"
    • 残念ですが…貴方と〇〇ちゃんにとって悪い知らせがあります。
  • 【悪い知らせの告知】
  • "I can see how upsetting this is for you... I was also hoping for different results"
    • とても辛いことと思います…私も違う結果であってほしかったです…
  • "Would you like to call your family member?"
    •  家族のどなたかにお電話かけますか?
  • 【説明】
  • "What questions do you have so far?"
    • ここまでの内容で解らない部分はどこですか?
  • 【説明】
  • ”Which part is unclear to you regarding the above options?”
    • この選択肢の中でどれが分かりにくいですか?
  • "Let's work together for 〇〇"
    • 〇〇ちゃんのために、共に頑張りましょう
  • 【治療方針】
  • "What part of this treatment plan is most difficult?"
    • この治療プランだと、どの部分が厳しいですか?

 

  • 【まとめ】
  • "I recommend these tests and this treatment for 〇〇’s problem, but there are other options. What do you think?”
    • 私からはこれらの検査と治療をお勧めしますが、他にも様々な選択肢はあります。どうお考えですか?

 

 

 

これくらいスムーズにできると最高にいいよね、っていうお話。

いやー10000字の回答になってしまった。失敬失敬。

 

 

 

twitter.com

 

 

 

参考文章

  1. Fleming JM, Creevy KE and Promislow DE. (2011). Mortality in North American dogs
    from 1984 to 2004: an investigation into age-, size-, and breed-related
    causes of death. J Vet Intern Med. 25(2): 187-198.
  2. Baile WF, Buckman R, Lenzi R, Glober G, Beale EA and Kudelka AP. (2000). SPIKES—A six-step protocol for delivering bad news: application to the patient with cancer. Oncologist. 5(4): 302-311.

 

 

 

僕と英語と、移住と学校。⑦

 

 

Chapter 7.1 ‐ Face forward

 

「おい・・・獣医学部が見えてきたぞ・・・」

 

青年の息は上がっていた。息切れは興奮から来るものなのか、ここまでの長く過酷な道のり故か、青年にとってはどうでもいいことだった。ただ一つ、そこには半年前に学年のトップ50%以内にも入れていなかった留学生が、学年トップ10%までいきなり上り詰めたという事実が校内新聞に確かに綴られている。

 

目標としていたOP4という数字は、現状の維持で文句なく獲得できる。しかし状況としては11年生の1学期で学年12位である。あと1.5年間、この順位を維持すれば、という話である。

 

果たしてここから1.5年間、この順位を維持できるのであろうか、ではない。

果たしてここから1.5年間で、この順位をどこまで引き上げられるか、という別次元の戦いに、青年はいきなり参戦することになったのだ。

 

無論、海洋生物学を狙うのであれば、現状の維持か、ある程度順位を落とすようなことがあっても問題はないだろう。だがこの半年でこの伸び率である、OP1を目指して更なる高みを狙うのは至極真っ当な野望であるし、獣医師という肩書きに憧れることもまた至極当然であった。

 

それまで身体に重くのしかかっていた潮流は突如として消え、水中で足掻いていた両足は突如として地に着いた。ハッと気づいて見上げた崖の先には、高嶺の花が見える。青年の視線は自然と上を向いていた。

 

 

Chapter 7.2 - Swap over

11年生の2学期が始まると、学生達を取り巻く空気は更に変化を見せる。

大きな要因はやはり1学期最後に公表された校内新聞における学年トップ15人の名前であろう。理由はここに記載された面子が10年生の頃にトップを占めていた『常連』とかなり変化していたためである。

 

10年生までの『学年トップ達』は全ての科目において全体的に勉強ができる連中が占めており、9~10年生の期間で上位グループの名前はほぼ入れ替わっていなかったのである。これは10年生までの学業は歴史から科学から数学語学まで、様々な科目の点数が全て評価に影響していたからだ。

しかし11年生の1学期に張り出された名前は、それまで数年に渡りほぼ不動であった学年トップ達の名前の半分以上が塗り替えられた。全員が選択科目になった結果、『平均的に良い得点を取っていた学生』は軒並み、『特定の得意科目ではより高得点を取れる学生』に取って代わられたのだと青年は理解した。

 

「いいかい、社会科の勉強が苦手だから、社会科の成績が取れないから、だからどうした?君はちゃんと勉強しているし宿題だってやっているのを私はちゃんと知っている。それに、君は数学の成績はトップレベルだったそうじゃないか。理科の勉強も好きだろう?

ならばそれでいいんだ。人間、全てが得意な人なんていないんだ。

誰にだって得意なものがあれば、不得意なものだってある。それが当たり前だし、その得意なことをどれだけ活かせるのか、これが大事なんだ。数学や理科の勉強が得意で、かわりに社会科の勉強が苦手ならそれでいいんだ。

むしろ、私はどんな勉強でも同じような成績を取れる生徒より、そっちのほうが素晴らしいと思っている。得意な事のかわりに不得意な事を伸ばそうとするのは、今は考えなくていいんだ。全てにおいて平均になる必要なんかないからね、それでは面白みのないただの人形みたいだ。まだ子供なのだから、得意なこと、興味のあること、やりたいことだけに集中すればいい。」

9年生の頃、社会科のテストで赤点を取った際、齢70近い教師に言われた言葉を思い出していた。彼の言葉の真意を理解した気がした。

 

 

11年生2学期の教室においてもこの事実が浮き彫りになった今、それまで『常連』に名前を連ねていた生徒には焦りの色が、そして周りにいる『勉強できる奴に近づきたい』生徒には動きの変化が現れたように感じる。そう感じるのは青年が今までずっと持てなかった自信を得たからであろうか。もしかすると空気感が本当に変わったのは周りではなく青年自身であったのかもしれない。

 

勉強方法は特に変えなかった。青年が徒党を組んで勉学に励む面子は、1学期の頃から皆が努力家であり、互いが互いを高め合えると感じられるメンバーであった。

数学の授業では事前に勉強した知識を掘り起こし深く刻みつける作業。物理は暗記よりも法則の理解を深める。化学の授業は相変わらず板書の速度について行くことに専念して、英語の授業は安定のC評価を狙い、日本語の授業は…数学の宿題を早々に消化する時間であった。

家では基本勉強時間の3時間を守り、週末にはバイトも継続した。

 

前回の期末試験では化学が伸び切らなかったため、化学を強化するために近隣の公立校で化学の教師をしている男性を見つけ出し家庭教師としても迎えた。最初、彼は化学の基礎的な部分を懇切丁寧に教えてくれて青年の知識も強化されていったが、2学期も後半になるにつれて効率が悪くなっていった。何が問題なのかと問うと家庭教師は言う。

「内容が公立高校のレベルを超えている、これは大学1年目の内容だ。私では教えきれないかもしれない」

音を上げ始めた家庭教師は、半ば辞退するような形で免許皆伝を宣言した。鬼のような速度で板書を書いては消していくあの化学教師は、どうやら大学の勉強速度だけではなく、大学の内容まで突っ込んでいっているらしい。そんな化学教師は11月になる頃には教師をする傍らで博士号を取得し、正式に呼称が「先生(ミスター)」から「博士(ドクター)」に替わっていた。

 

各科目における採点は大まかに小テスト、中間テスト、課題、そして期末テストの4種類から成る。青年はこの4種の中でも特に課題には重点をおいて取り組んだ。慣れてきたとはいっても第二言語で戦う身であることに変わりない青年にとって、各テストはどうあがいてもぶっつけ本番以外に無いが、課題に関しては文章を練り、校正し、磨き上げる時間があるものであり、逆に言えばこれが可能な時点で第二言語であるという部分で甘えられないシビアさが存在した。その課題が化学であっても物理学であっても数学であっても、提出日の1週間前には必ず仕上げ、文章と表現の修正・校正を念入りにかける必要があった。ESLの先生は既にこうした作業に無視を決め込んでくるため、家庭教師はやがて「勉強を教える人」から「文章校正をする人」となっていった。

 

勉強が、ビジョンが変化しつつあった。

 

Chapter 7.3 - Road to the Top

高校という環境における時間の流れはとても早い。毎日を我武者羅に楽しみ、悩み、喜び、悔やみ、勉強している間に、校内にはジャカランダの花が咲き乱れ、最終授業を終えた上級生はその大部分が早々と校内から姿を消し、期末試験前の勉強会や会議のために散発的に登校する姿しか見なくなった。

 

12年生の消えた高校は、青年達11年生の天下となった。これは比喩でも何でもなく、学校における最上級生たちには様々な特権がある。校内中央に位置するエアコン付きラウンジの使用権、ラウンジ付属の冷蔵庫と電子レンジの使用権、缶ジュース割引購入権、自家用車通学権と校内駐車場使用権などがあり、どれも校内生活の質の向上にとても貢献してくれる。青年もまた、この時期になると貯めたバイト代で中古の車を購入し、一人で車通学をするようになっていた。

 

天下を取った青年達に対し、学校の教員達の態度もまた変化する。学校の最高学年へと歩を進める我々に対する変化とはつまり、集大成を迎えさせるための準備期間もいよいよ大詰めとなってきているからである。今まで割かれていた「最終成績を上げ、学校に箔をつけたい」といったリソースが、残りは卒業を迎えるだけの現12年生から、これから来期の成績を担う青年達に向けられ始めたのだ。既に気合の入っている青年達の周りにはそこまでの影響は感じられなかったが、まだ勉学に完全に向き合えていない連中への発破が増していることは遠巻きからも感じられた。

 

刻一刻と校内の雰囲気が変化していく中で、2学期の期末試験は行われた。上位組の入れ替えが顕著に見られた後の期末試験は、それまで動かなかった上位に食い込む希望を全ての生徒に与え、それと同時に、油断をすればすぐに墜落することを上位勢に知らしめていた。勉強に打ち込んできた生徒達の目には今まで以上のストレスと闘志が映っている。青年もまた、唐突に現れた高嶺の花を目指し、上へ上へと視線を向けていた。

 

青年が一番の弱点と踏んだのは化学である。前回の試験では長文問題の2問を取りこぼす失態を犯してしまっていたこの試験は、どう考えても英語を除いた5科目の中で一番点数が低かった。上位12位からさらに上を目指す身となった青年は、得意科目の高得点を維持したまま、苦手科目の成績を押し上げる必要がある。日本語と数Bはほぼ間違いなく100%が取れるため、勉強のリソースの多くは数C、物理、そして何よりも化学へ向けられた。時間配分も大きな敗因の一つであったため、数少ない3年分の過去問は2時間の制限時間をしっかりと守った状態での模擬試験を行い時間配分とストレスマネジメントを行なった。実際の試験においてはESL権限の20分を余計にもらえるので、あえて120分の正規時間制限という過負荷をかけることで自信をつけた。

 

1週間に及ぶ期末試験はある意味で孤独との戦いでもある。期末試験前の1週間は自習期間、その後に1週間に渡り科目ごとに割り振られた日程での期末試験が行われるが、この期間中は学校に行くこともなく友人達と顔を合わせる機会もない。生徒によっては図書館で勉強したり友人と勉強会を開いたりしていたようだが、元々青年は個人で勉強してきていたので移動時間の無駄なども省ける自宅での自習が性に合っていた。久しぶりに級友達と顔を合わせたのは期末試験が行われる教室の前であったが、そこにあった顔は皆それぞれが十人十色で、希望と不安と諦めと眠気とストレスと投げやり感が織り混ざっている形容し難い顔つきが並んでいた。そんな中にあった青年の顔もまた形容し難いものであったのだろうか。

 

踏み入れた教室には期末試験の答案用紙が鎮座していた。青年は指定された席に歩み寄る。これまで足掻き踠いていた、地に足がつかない机はそこにはなかった。

 

Chapter 7.4 - Flourish

11月のオーストラリアの日差しは、これから本格的な夏を控えてその本領を発揮できる時をまだかまだかと待ち侘びすぎて空回りしているかの如くテンションの高い紫外線を放っていた。そんな太陽にアテられたかのように試験後の生徒達の顔もまた明るい。どこまでも競い合い、どこまでも不安になり、どこまでも試験に打ち込んだ生徒達から漏れる声と表情は、それが本人にとって如何なる出来であったとしてもまずは安堵と解放に満たされていた。

 

試験結果の発表は教員側の採点速度に応じて逐一発表された。まず数BがA+、次に英語がC+、物理A-の後には化学のB+が続き、安定の日本語A+を経て最後に数CのA-が続いた。科目によって難易度は異なるのでABC評価にはあまり意味がない。必要なのは『平均値が低い、難しい科目において、どれほど突出した高得点を出しているか』である。前回苦しんだ化学は今回もA評価に達しない点数ではあったものの、クラス全体の平均獲得点数が少ない中での突出したB+評価であればむしろ簡単な科目で取るA評価よりも補正がかかって順位を上げられることを青年は学んでいる。

 

夏休みを目前にした学期末最終日、そわそわと期待と不安を募らせた青年のもとに一枚の校内新聞が手渡された。新聞を配る教師の顔には笑顔こそあるものの特別欠けてくれる言葉はなく、ある意味ですごく機械的に手渡された校内新聞に、自信に満ちた青年もまた機械的に目を通す。

 

自信は現実のものとなる。青年の名前は確かに上位15名の中に存在した。少しの安堵と共に、大きな期待感が込み上げる。名前は欄の中央部分に位置していた。連なる級友たちの名前を、上からゆっくり確実に数えていく。

 

1、2、3、4、5、6、7…

 

青年の名前は8番目に位置していた。

 

上位8位。

12位から8位まで押し上げたこの事実に青年は震えた。この学校の過去の成績とOP1輩出率を、高嶺の花を目の当たりにした青年は十分に把握している。この学校は毎年平均して6〜8人程度のOP1を輩出している。上位8人の中に青年の名前が存在するこの状況は、本格的に獣医学部が現実的なものになりつつあることの証明であった。

 

日々の英会話に苦しんだ日々があった。

教科書を1ページ読み進めるのに1昼夜かかる日々があった。

学年の半数以下の成績でもがいていた日々があった。

 

過去に夢見た非現実は、遠く彼方に見た憧れは、今、青年の目の前で現実味を帯びている。

 

 

Chapter 7.5 - Against the Prodigies

11年生の学業成績を一言で振り返るのであれば、それは大成功であった。勉強のペース配分、課題の消化、持ち得るリソースの有効活用、様々な視点において効率が良かったと言えるだろう。それらがもたらした結果は学年順位の大幅な伸び率であり、それは1学期、2学期と継続的な成長を見せた。

 

11月の終わり、青年は夏休みに入った。高校生として最後の夏休み。最終学年が間近に迫った最後の夏休み。青年に残された時間は少なく、これをいかに有効活用するかが大事になってくることは明らかであった。これまでは英語の強化に重点を置いていた夏休みだが、今の青年は違う。まだまだ英語は改善の余地が十二分にあるが、それ以上に今は学業における点数獲得が優先される状況となっていた。

 

青年は机に齧り付くことを嫌った。根本にあるアジア人特有の『ガリ勉』に対する苦手意識は健在である。自由に使える夏休みの時間の大部分を、青年は飲食店でのバイトに費やした。ボンボンの級友が親に買い与えられたベンツの新車で登校するのを横目に、自力で買った中古車で登校する自分自身に誇りを持っていた。先日発表された成績のトップ10で本格的なバイトをしているのは青年だけであった。

 

青年は自分が『天才』ではないことを理解していた。謙遜でもなんでもなく、純粋な意味で自分を天才に届かぬ存在であると認識している。学年順位の大きな入れ替わりが起こった1学期ではあったが、上位4人の名前は今まで見ていた名前がそのまま揃っていた。青年が更に順位を伸ばした2学期、上位4人の名前は入れ替わることもなくそのまま残っていた。一見するとただ物静かそうなトップ4の1人は小説の大会で受賞し、一見するとただのテニス好きなトップ4の1人は国際数学コンペの代表になっていた。勿論、そんな彼らも必死に勉強をして切磋琢磨をしていることは理解しているが、彼らが勉強以外に別の「何か」を持っていることは空気感からも分かるのだ。

 

青年は天才に対抗する術を考え、安易なプライドを見つけた。バイトを継続しながら成績上位の維持を目標としたのである。青年の進学校はそもそもバイト経験者の数が少ないような高校だったので、青年は異質な存在であった。男子高校生にプライドは大事である。英語で勝てず勉強で勝てない世界に身をおいても、青年は謎のプライドを捨てなかった。

 

しかしバイトに打ち込んでばかりであれば成績順位が簡単にひっくり返ってしまうのは火を見るよりも明らかであるのは順位の総入れ替わりでわかる。よって青年はバイトと並行して自習にも励んだ。やはり一番苦戦していたのは化学なので、化学の復習と先々に学ぶ内容の大まかな予習を過去のノートや教科書を使って重点的に行った。科学の勉強は基礎が大事なので、過去の知識も反復して脳に刷り込む夏休みを送った。

 

数Cの勉強は前回の夏休みを参考にして、再び「天才ピーター」に連絡をとりつけた。ピーターは相変わらず嬉々として授業を引き受けてくれ、新しい教科書を渡すとまるでぬいぐるみを手にした幼児のような瞳で喜び、二日後には完走の報告と授業開始の打診が来ていた。彼はまたしても1日2章の詰め込みで青年の脳を焼いたが、青年もまた11年生の内容と日本の高校数学の知識をしっかりと把握していたため、個人授業はスムーズに進んだ。一部の内容は日本の高校数学と内容がダブっており、特に告げることもなかったが青年が内容を把握していることを察したピーターはこれらの章を音速で消化し、追加の章をノルマに加えてきたので、12年生の教科書の網羅はものの1週間というペースで完了した。

 

夏休みも終わりに近づいた頃には、11年生で学んだ範囲の数学、物理、化学の全ての板書を読み直し、脳への再定着を行うことで12年生の始まりに備えた。これらの知識は軍備であり兵糧である。学校が始まった最初のスタートダッシュに、そして長期的な持久戦に備え、青年は兜の緒を締めなおした。

 

Chapter 7.6 - The Battle Begins

1月、学校最高学年の初日は真夏の暑さとは裏腹にどこかひやりと鋭く冷たい空気感が漂っていた。否が応にも今年の学業成績が来年であれ10年後であれ、今後の大学進級に影響を及ぼすことになるこの状況下において、ここまで勉強にそこまで打ち込んでいなかった生徒達までもが本気になっている様子が眼を通して伺える。これまで授業中にふざけていたグループまでもが真面目に授業に取り組む姿勢を見るのは新鮮であるとともに、やるべき時はしっかりと打ち込める彼らを尊敬した。公立校であればこうはいかないであろうから、やはり勉強をするうえで周辺の環境というものはとても大事であると青年は再認識した。

 

ごく一部の生徒は自分に合わなかった選択科目を変えるが、基本的には11年生の頃の選択科目がそのまま12年生でも続くため教室の顔ぶれに変化はなく、青年は周りを普段通りの勉強仲間で固めた陣地につく。数学では周りを助けることで自身の理解を深め、化学や物理では共に切磋琢磨しながら問題集に挑んだ。日本語の授業は相変わらず数学などの宿題をこなす時間となり、必須科目の英語においては直向きにC評価を目指して行動する日々が続いた。科目によっては総合成績の12%ほどに影響する小テストが隔週毎に行われたが、これらの対策も中間テストほどの勢いで対策、復習して挑んだ。周りの全員に火がつき、周りの全員がライバルと化した青年には、この1%の成績が未来を大きく左右すると察していた。

 

課題もまた点数割合の大きいものが多く、総合成績点の810%ほどに該当するものであったため、これらの完成には全力を尽くした。化学の論文は3000字を超える大作に仕上がり、物理の課題は現代エネルギー問題から考慮した新たな期待と可能性を求められている以上にまとめた。これらの課題を書くうえで勿論英語の壁は問題になったが、この頃になると青年の文章構成速度は格段に上がっていた。文法にはまだまだ穴がたくさんあったが、伝えたいことはしっかりと伝わる文章が頭で構成でき、それをそのままキーボードに打ち付ける技術がそこにはあった。化学や物理の教師達は、英語の教科を担当しているわけではなかった。青年の書く論文やまとめは、その文法こそまだ安定はしないが、この「化学」や「物理」という視点における理解や論文構成、持てる知識と事実から紡いだディスカッションは評価されたため、A評価以上を連発した。青年の書く文章は、英語としては完璧ではないが、伝えたい内容をちゃんと伝え、理解力を示すことは問題なくできるレベルに達していた。

 

12年生になっても基本的には週1でのバイトを続行しており、秋休みにはシフトを増やしていたが、残りの休みの多くは課題や復習に費やされた。仕事は楽しかったし自由に使える金を得られることは高校生にとって大きかったが、それでもバイトのシフトは期末試験の4週間前から完全に断った。青年は年齢的に安い給料でキッチンからホールまでほぼ全ての仕事が可能な英語と日本語を喋れる戦力になっていたため、店長からは惜しまれ引き止められたが、試験後にシフトを増やすことを約束しこれをキッパリと断った。バイトを続けるこだわりはあるが、学生が学業を二の次にしてしまっては本末転倒である。

 

中間テストを乗り越え、課題を提出し、期末試験を戦った。12年生の1学期が終わる頃、青年の成績ランクは学年7位に収まっていた。11年生後半では12位から8位まで上がった成績も、更に気合を入れ直し英語力も増したこの年には8位から7位までしか上がらなかった。上位には相変わらずの名前が並んでおり、青年は成績戦争における自分の立ち位置と限界を察し始めた。

「ここからは防戦になる。下剋上の時代は終わった」

校内新聞を手に青年は悟り、呟いた。学年7位という成績は、狙っているOP1に入るか入らないかのボーダーラインではあるが可能性は十二分にある。無論、残りの半年も全力を尽くして上を目指すが、それは上にいる天才達もまた同じ気持ちだ。きっと自分が達せられる成績は学年7位辺りがその限界となるだろう。OP 1の可能性はある。獣医学部の道は楽観的に確定的とは言えないが、圧倒的に現実的だ。ならばそこに見える光が示す道標を守れ、と青年は思った。下にはこの立ち位置を狙う級友達でひしめいている。ある意味で蜘蛛の糸のようだ、と青年は感じた。それは細い細い一筋の糸のようだった。上へと繋がるその道は細く危うく、下にはたくさんの手が伸びている。糸はこれ以上太くならないであろう。であれば今あるその糸にしがみついてやる。地獄を経験し、地獄を這い上がってきた青年にとって、その糸は人生で何本目の糸なのであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter 8(最終話)>>>

happyguppyaki.hatenablog.com

 

 

オーストラリアの狂犬病対策 ‐ 日本との違い

度々SNS上で散見されるのが「日本は60年以上も狂犬病が発生していないのに何故イヌの狂犬病ワクチン接種が義務付けられているんだ」という議題です。中には「獣医師の利権だ」「百害あって一利なし」「海外では打ってないところもある」という論法を展開する連中も多く存在します。

 

特にこの『海外では打っていない』論法ですよ。

つまるところオーストラリアやニュージーランドなんですが。

 

 

もうね、日本とオーストラリアの防疫体制ってのは元々違うのだから、アホみたいなアンチワクチンの謎理論展開で毎回オーストラリアの名前を出さないで!

 

 

ということを声を大きくして言いたいので、ここにブログを書きなぐり始めました。中には獣医師でも勘違いしていることが多い分野なので、長いことつらつら書きます。このブログ記事の主な使い方としては「豪州における狂犬病の歴史や対策の学習」「豪州と日本という狂犬病清浄国の大きな違い」そして「謎理論を展開している人を殴るための理論武装です。ちゃんと武装できるように毎回ながらエビデンスも貼ります。

 

今後、日本のアンチ狂犬病ワクチン理論を展開している人が「オーストラリアでは打ってないんだぞ!」なんて言った日にはこのブログ記事を突き付けてやってください。そのほかの「利権ダー」「猫ニモ打テー」なんて話は僕の知ったこっちゃないんで(そもそも日本の狂犬病ワクチンの裏事情なんて知らん海外獣医師だし)そっちは各々別途対処するように。

 

 

 

 

狂犬病清浄国

狂犬病清浄国(Rabies-free country)とは一般的に、CDC(Centers for Disease Control and Prevention)、アメリカ疾病予防管理センターが認める土着の報告が無い地域、つまりは長期間狂犬病の発生が確認されていない国のことを指します。

認められている地域は2021年で79ヶ所あるようだがそのほとんどが小さな島々であり、メジャーな国と言えば日本、オーストラリア、ニュージーランドと西ヨーロッパの各国くらいです。[1]

 

f:id:happyguppyaki:20220305153230p:plain

狂犬病清浄地域。西ヨーロッパと日本、オセアニア以外はほぼ島。

 

ちなみに日本の農林水産省(動物検疫所)が認める指定地域ってのは更に範囲が狭く、現在ではアイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー諸島、ハワイ、グアムの6ヶ所しかありません。[2]

2012年にはEU各国が、2013年には台湾が指定地域から除外されています。2012年はEU諸国間での動物の移動制限が緩和されたため防疫体制不十分との判断から、そして台湾は2013年に狂犬病が発生したために除外されたわけですが、CDCの指標においては西ヨーロッパの複数国は清浄国として扱われています。農水省のいうところの「指定地域」は日本国の検疫目的の指標なので、CDCの指標よりも更に厳格になっているわけです。要は「安全 of 安全」と考えられてるのが指定地域ですな。

 

f:id:happyguppyaki:20220305154357j:plain

農林水産省の認める指定地域。CDCよりも更に限定的。

 

まとめ
- 日本もオーストラリアもCDCが認める狂犬病清浄国だよ
- 農水省が認める指定地域はCDCのものよりも厳格だよ

 

 

狂犬病清浄国、日本

日本は現在、狂犬病清浄国として世界に認知されています。これには過去に並々ならぬ努力を重ねた結果であり、100年前の日本では狂犬病が全国的に蔓延していた歴史があります。数値的には1924年には3524件の発症数が確認されたらしい。ヤバい。[3]

そこから多数の放浪犬の捕獲、殺処分、ワクチン接種を国を挙げて行ってきた結果、狂犬病の発生件数は1950年頃より激減し、1957年を最後に動物における日本国内の狂犬病発生は確認されていません。東京五輪を控えてた戦後の日本は対外的な意味も含めてめちゃくちゃ頑張ったのです。

1957年以降の日本における狂犬病の発生例は全てがヒトにおけるもので、これら全てが海外に渡航中にイヌに噛まれ、日本に帰国後に狂犬病を発症したいわゆる「輸入症例」です。一番最近だと2020年にフィリピンでイヌに噛まれた方がお亡くなりになられています。[4]

 

まとめ
- 日本は狂犬病清浄国だよ
- 過去には全国的にめっちゃ蔓延してたけど頑張って無くしたよ

 

狂犬病清浄国、オーストラリア

オーストラリアは現在、狂犬病清浄国として世界に認知されています。この国は世界的に見ても結構特殊で、そもそも過去に狂犬病が発生したことの無い国です。そもそも白人移民が入ってきたのがここ200年くらいの新しい国でそれまで国交が無かったことと、有袋類が生き残っちゃうような「大昔より大陸から隔離されてきた土地」なので狂犬病が侵入しませんでした。ディンゴと一緒に入ってこなくて良かった…。

オーストラリアにおいても帰国後に狂犬病を発症したいわゆる「輸入症例」は存在します。これも全てが海外に渡航したヒトがその後オーストラリアに帰国してから発症したものです。

 

まとめ
- オーストラリアは狂犬病清浄国だよ
- 過去に一度も狂犬病が蔓延した歴史の無い国だよ

 

日本とオーストラリア、清浄国としての違い

このように日本もオーストラリアも同様に「狂犬病の清浄国」というカテゴリに入っているわけですが、歴史的観点を含めると両国には大きな違いが一つあります。それは、オーストラリアは一度も狂犬病が蔓延したことのない国なのに対して、日本は過去に全国に渡って狂犬病が蔓延していた国、という部分です。

 

この違いは地味に大きくて、日本国における狂犬病の現在は、過去60年以上も狂犬病の発生が確認されていないんだから、多分おそらく狂犬病は撲滅されたのであろう、という統計学的、そして希望的観測に基づいている部分です。所謂「悪魔の証明」という哲学的な問題に直面してしまうのですが、要するに日本国は狂犬病が絶対に国内に存在しない、とは言い切れない立場にあるわけです。

 

現状、日本で発生が見られないのは「都市型狂犬病」と呼ばれる、人と同じ生活圏に暮らすヒト・イヌ、ネコ・家畜などの狂犬病発症例です。一方で狂犬病にはもう一つ、「森林性狂犬病」という野生動物が感染源となるタイプが存在します。そして森林性狂犬病は人の目の届かない所で受け継がれていることが多いため気づかれにくい特性があります。イヌや家畜が典型的な神経症状を見せれば獣医師や行政の目につきやすいですが、野生動物が森の中で発症しても簡単には気づけません。

 

日本の山奥に暮らす野生動物が1900年頃から代々こっそりと狂犬病ウイルスを受け継ぎ感染を続けており未だに人里離れたところでウイルスを保有し続けている、という可能性は永遠に残っているのです。日本に生息する全ての野生動物を一匹残らず捕まえて発症しないかどうかの経過観察をしなければ「感染していない」とは言い切れないわけで、そしてこれを実行するのは不可能なので、悪魔の証明問題ですね。

 

この点において清浄国オーストラリアの国内における病原体保有の確率は日本のそれよりも更に数段低くなるわけです。過去に発症例が存在しません。

 

 

たとえ話:毒水コップ

 

f:id:happyguppyaki:20220309211851j:plain

たとえ話をします。コップAコップBを用意します。

 


・まずコップAには綺麗な水しか入れません。
・一方で、コップBには水を入れた後に、ごく少量でも口に含んでしまったら死んでしまう猛毒を混ぜます
・次にコップBの中の液体を半分捨てて、捨てた分だけ綺麗な水を足し、また半分捨てて、捨てた分だけ綺麗な水を足し…という作業を何回も繰り返します。

 

 

f:id:happyguppyaki:20220309212808j:plain

 

コップBの水を何回も半分ずつ入れ替えていくと、見た目では透明で綺麗に見える水に戻りました。

 

 

f:id:happyguppyaki:20220309213112p:plain


・ここに、事前に飲むことで中毒を防ぐことのできる万能薬があります。少しばかり苦いですが、安価でとても効果的なお薬です。

 

 

問1:貴方がコップAの水を飲むとき、このを飲みますか?
回答:飲む必要はありませんよね。コップAにはそもそも毒が入っていません。

 

問2:貴方がコップBの水を飲むとき、このを飲みますか?
回答:見た目は綺麗な水ですが、極僅かでも毒が残っていたら命に関わります。安くて効果的で実績のある薬は飲むべきです。

 

ではここで、

コップを国に、

水を動物に、

猛毒を狂犬病に、

そして万能薬をワクチンに置き換えてみます。

 

f:id:happyguppyaki:20220309213916j:plain


オーストラリアはコップAです。過去に一度も狂犬病が蔓延していない、そもそも毒が入っていないコップです。清浄国の特徴である「透明な水」が入ってます。この水の安全を守るには「外から毒を混入させない」に注力するだけで大丈夫です。

・しかし日本の場合はコップBです。こちらもコップの見た目は清浄国の特徴である「透明な水」ですが、過去には猛毒で満たされていました。本当にこのコップの中身はすべてが綺麗な水ですか?もしかするとごく少量の毒が残っていませんか?
コップBで中毒を防ぐには2つの可能性を考える必要があります。一つは新たな毒を外から混入させないことですが、もう一つ、コップの中に毒が残っている可能性も拭えません。

 

f:id:happyguppyaki:20220309214950j:plain

・コップBのように、過去に一度でも汚染された、という事実はとても重くて、そして大変なことなのです。
・たとえ60年以上もの間、狂犬病が発生していなかったとしても、国内に狂犬病が残存していない証明は誰にもできないため、完全に信用もできません。山奥で野生動物が狂犬病ウイルスを受け継ぎ感染を続けており、未だに人里離れたところで病原体保有を続けている、という可能性は永遠に残っているのです。
・だから日本の場合はオーストラリアと同じように外部からの狂犬病侵入を阻止する他に、国内における病原体保有の可能性を考慮し、予防策としてのワクチン接種が大事になります

 

 

まとめ
- オーストラリアは過去に一度も狂犬病が発生していないから国外からの侵入阻止に全力を注げばいいタイプの清浄国だよ
- 日本は過去に狂犬病が蔓延していたから国内におけるウイルス残存の可能性も考慮して侵入阻止以外にもワクチン接種で国内感染予防の徹底を続けるべきだよ

 

近年まで清浄国だった国、台湾

そんなこと言ったって60年も狂犬病が確認されてないなら日本国内に狂犬病なんて無いに決まってんだろ、常識的に考えて

 

とか言いたい気持ちも勿論分かるんですよ?だって何度も言ってるけど悪魔の証明だから、この先も永遠に「無いとは言えない」という状況が続くわけですからね。でもさ、上記の懸念をそのまま現実にしちゃった国だってあるのさ。だから油断すんじゃねぇぞと。

f:id:happyguppyaki:20220309231055p:plain


例えば台湾ですよ、台湾。地理的にも日本に近く、同じ島国で、同じ時期に狂犬病対応策を始めて、同じ時期に狂犬病清浄国になった国です。

 

台湾も1900年初期には狂犬病が蔓延していた国でした。1951年には死者238人(つまり動物間感染はこれの比じゃない)を出すほどの問題になり、1956年より飼い犬のワクチン接種、放浪犬の捕獲、殺処分といった狂犬病予防策が実施されました。[5]

この際、日本の狂犬病対応策も参考にされていたみたいですね。

1961年にイヌで狂犬病が確認されたのを最後に、徹底的な予防策を講じた台湾ではイヌとヒトにおける狂犬病が発生しなくなり、台湾は「狂犬病清浄国」と認められるようになりました。日本の農林水産省(動物検疫所)が認める指定地域にも含まれていた、狂犬病の存在しない国だったのです。

 

が、2013年に事件は起こります。この年、台湾は国内における病原体調査の項目に「狂犬病」を含むように決めたのです。清浄国故に本来は国内には存在しない筈の狂犬病を、わざわざお金をかけて検査しようと決定したわけですが、これで衝撃の事実が判明します。

2013年の6月、一匹の野生のイタチアナグマの死体が国立台湾大学に持ち込まれました。検死解剖の結果、重度の脳症を確認するも、一般的に発症の原因となり得そうな病原体が見つからず、試しに狂犬病PCR検査を行ってみると陽性結果が出ました。確認のために行政の検査所に検体を送って再検査してみるとやはり陽性結果が出たため、2013年7月17日、台湾は国内において52年ぶりに狂犬病が発生したと宣言しました。

 

f:id:happyguppyaki:20220310005458j:plain

シナイタチアナグマ [Николай Усик / ttp://paradoxusik.livejournal.com/, CC BY-SA 3.0]

その後の徹底的な調査で台湾は2014年までにイタチアナグマ423頭における狂犬病ウイルス感染を確認、またイタチアナグマとは別にハクビシン1頭、ジャコウネズミ1匹、そして野生のイタチアナグマに噛まれた後で神経症状を発症したイヌ1頭からも狂犬病ウイルスを確認しました。[6]

 

更に、台湾のイタチアナグマ保有していた狂犬病ウイルスの遺伝子構造を検査してみたところ、特異な地域性が見られることも判明。これらの遺伝子構造は近隣国(中国・フィリピンなど)で見られる狂犬病ウイルスとの近位性が見られましたが、台湾国内で複数株の地域差が顕著に見られたため同時期に単一のウイルスが国内に侵入した可能性が極めて低いことが分かりました。つまるところ、台湾のイタチアナグマは2013年頃に海外由来の狂犬病ウイルスに感染したのではなく、100年以上前から保有していたと考えられています。[7]

 

台湾は日本の九州と同じくらいの国土面積です。これだけ小さい国土でも森林性狂犬病が52年に渡って見つからずに隠れていたことを考えれば、その10倍の国土面積を持ち、国土の67%が森林で覆われている日本国において「60年以上も見つかってないんだから日本に狂犬病なんて無ぇーよ」と根拠もなく安易に言える人には平和ボケの度合いに驚嘆します。ちなみに日本では台湾のように、OIE(国際獣疫事務局)が薦める野生動物の狂犬病サーベイランスは行われておりません。[10][22]

 

まとめ
- 台湾は1961年から52年間にわたって「狂犬病清浄国」だったよ
- でも2013年に野生のイタチアナグマから狂犬病ウイルスが見つかったよ
- アナグマは100年以上も前からひっそりと狂犬病ウイルスを保有してたっぽいよ
‐ 森林性狂犬病は清浄国でもリスクとなり得る実証だよ
‐ 日本は野生動物の狂犬病サーベイランスは基本的に行っていないよ

 

オーストラリアの狂犬病っぽい事象

さてここまで再三に渡ってオーストラリアと日本という2つの狂犬病清浄国について語ってきましたが、果たして本当にオーストラリアには狂犬病が発生したことは無いの?という問いにお答えします。

 

結論から書くと、散発的且つ限定的に、狂犬病っぽい事象が起きたことがあります。確定診断が出ていないのでどれも「狂犬病疑い」で止まっているため公式には狂犬病が発生していないのですが、症例を読んでいるとどれも「おぉ…」となるものばかりのため中々に面白い歴史です。ご紹介します。

 

1866年10月~67年2月 タスマニア

タスマニア州はオーストラリアの右下に位置する本土とは海を隔てた島です(とはいっても北海道くらいのデカさですが)。白人移民が入ってきたのが1800年初頭で、本格的な街の建設と人口増加が始まったのはおよそ1830年頃。そんな新しい開墾地状態であるタスマニア島で、1866年の夏に奇妙な事件が数件起きました。[8]

 

ケース①:1866年10月~11月 タスマニア州ホバート

州都ホバートにおいて「病気に侵されてるように見える野良犬」が土や藁を噛んでいる様子が目撃された。狂暴性が見られ、突如として街中で厚着の子供や女性を襲うも怪我は負わせなかった。この野良犬はその後、近隣の家に繋がれていた飼い犬を襲い、そこで殺処分された。

襲われた犬の飼い主はイギリスから移住してきており、彼曰く「あの野良犬は本国で見た狂犬病の犬にそっくりだった」と供述した。

襲われた犬はその後に狂乱したのち、死亡した。

 

ケース②:1867年1月17日 タスマニア州ホバート

イカーという男性の飼い犬の態度・様子が急変し狂暴化したことに気づく。それまで温厚な性格だった飼い犬が、急に石や土を噛むようになり、近くを通る全ての犬を襲おうとするようになった。

1月19日、近所の子供がこの犬に襲われ下唇辺りに約3cmほどの裂傷を負う。この裂傷はS医師によって治療され、外傷はすぐに完治した。

1月21日、ベイカー家の飼い犬が死亡する。

2月11日から12日にかけての夜、犬に襲われた子供の様子が急変し夜中に気が狂ったように叫び始める。その後3日間にわたり激しい発熱、頭痛、幻覚症状に襲われる。2月28日には重症化し、改めて裂傷を治療したS医師によって診察を受ける。この際、S医師は狂犬病を鑑別診断に挙げ、彼の同僚の5人の医師にも意見を聞きこれに同意を貰う。子供は翌日に死亡した。検死解剖はされなかった。

 

ケース③:1867年2月5日 タスマニア州ホバート

モリソン牧場の敷地内に奇妙な野良犬が迷い込む。腹を空かせているように見えるが餌を与えても受け付けず、少しばかり放浪した後に牧場で飼育されている豚の鼻辺りを数回噛んで襲った。野良犬は翌日に死亡した。

およそ1週間後、襲われた豚が噛み傷を痒がる仕草を見せ始める。次第に異常な行動は増えていき、泥やフェンスに突進し始めたほか、食事を食べなくなり、狂暴性が増して近くにいた豚2匹の尻尾と指をそれぞれ噛み千切った。この豚は異常な症状を見せ始めてから5日後(野良犬に襲われて15日後)に死亡した。

豚に襲われた他2頭の豚については記録が残っていない。

 

1867年のタスマニア州の対応

ケース②にて子供の狂犬病を鑑別診断に挙げたS医師は、ホバート近辺における狂犬病発生の可能性を役所に通報しました。結果、子供の死亡から1週間以内には市役所主導の対応策が打たれ、野良犬の捕獲人員が増員され、野良犬の一斉捕獲が行われた。[8]

以後において狂犬病疑いの症例は全く報告されなった。

 

役人の即応、GJ。

 

狂犬病の可能性と現存する記録の問題点

上記した内容が果たして狂犬病であったのかを考えていきます。

狂犬病の可能性の示唆:
  • 登場する全ての犬において、症状が確認されてから数日で死亡している
  • イカー家における飼い犬の様子の急変(野良犬の態度と違い「急な変化」が記録されている)
  • 登場する全ての犬において、小物を口に含んだり食べることに抵抗を示している
  • 豚における噛み傷の痒み(典型的な症状)
  • 登場する全ての犬において、狂暴化と正常行動の急な入れ替わりが見られている
  • 全ての症例において感染経路がはっきりとしている
記録の問題点:
  • 1860年代の記録自体への信憑性。口頭で伝わった情報も多く、脚色等が含まれる可能性も大いにある
  • 犬、豚、ヒトの全ての疑わしい症例において確定診断(検死解剖)がなされていない
  • 死亡した子供を診た6人の医者のうち、1人の診断は「裂傷による破傷風」であった

 

結論:オーストラリアで狂犬病は発生していたか

上記の記録から考えると、多分1866年~67年の夏にオーストラリアのタスマニア州ホバートの町において数ヶ月間、限定的に狂犬病が発生していた可能性は高いと考えます。

ただしどの症例においても地域と期間がとても限定的であるため蔓延は防がれたものと考えます。蔓延が防がれたのは、運と早急な診断と役所の即応の賜物でしょう。

 

確定診断が出ていない以上、公的にオーストラリアで狂犬病が発生した事実は存在しません。あくまで「あったかもしれない」という話でしかありません。というわけで、憶測で語るオーストラリアという国はこうも言い換えられます。

(確定診断のある)狂犬病は一度も発生していない国
(大規模蔓延の)狂犬病は一度も発生していない国

 

まとめ
- 豪州のタスマニア島では1866~1867年に3件の「狂犬病っぽい事象」があったよ
狂犬病を示唆する事象だけど、どれでも確定診断が出ていないので憶測だよ
- どれも1つの町で、4ヶ月の間に起きて以来、続報が無い限定的なものだよ
‐ 公的には狂犬病は発生していないという見解のままだよ

 

オーストラリアの狂犬病っぽいウイルス

ちょっと脱線の話題なんで狂犬病にしか興味がない人は読み飛ばしていいです。

 

さてここまで公式にオーストラリアに狂犬病ウイルスは蔓延していないと書いてきたわけなんですが、実はオーストラリアには狂犬病に似たウイルスが常在しています。

 

そもそも狂犬病ウイルスとは何ぞや、っていうと、こいつは分類としてはモノネガウイルス目ラブドウイルス科リッサウイルス属に属するウイルスの1種ということになります。もはや呪文ですね。

そしてこのリッサウイルス属ってのは狂犬病ウイルスを含めて全部で14種類あり、そのどれもが人間に致命的な感染を起こすことのできるヤベー集団なのですが、その中の一つに「オーストラリアコウモリリッサウイルス(Australian Bat Lyssavirus、ABLV)」というウイルスが存在するのです。

f:id:happyguppyaki:20220416135729j:plain

Australian Bat Lyssavirus(ABLV)の電子顕微鏡写真。©CSIRO

ABLVとは何者か

オーストラリアコウモリリッサウイルス(ABLV)とは名前の通り、オーストラリアに棲息するコウモリを宿主としているリッサウイルスの仲間です。1995年と近年になって発見されたウイルスで、当初は別の人獣共通感染症(ヘンドラウイルス)の監視目的で野生のコウモリの保有病原体を調べていたところ、とんでもないことにリッサウイルスが様々なコウモリから次々と見つかったという副産物的な発見でした。[9]

 

オーストラリアに棲息するオオコウモリの仲間全4種の他、キバラツームコウモリにおけるABLVの保有も確認されており、現状ではオーストラリアにおけるコウモリ全てにABLV保有の可能性アリと考え、気を配るように通告されています。

 

ABLVに感染したコウモリは比較的長い潜伏期間を経て、狂犬病によく似た症状を発症します。狂乱や狂暴化、普段と違う声を上げたり口をしきりに動かす、飛行能力の低下や脚の麻痺、最終的には痙攣発作や突然死へと発展していきます。[9]

 

常にサーベイランスが行われており、現在では野生のコウモリのウイルス保有率は1%ほどと概算されていますが、これは人間に触れる機会の多い「弱ったコウモリ」が検査に回される可能性が高いため、現実のコウモリ人口プール内での保有率は更に低いのではないかとされています。[16]

 

 

他種へのABLV感染例

コウモリを宿主としているABLVですが、これまでにウマで2例、ヒトで3例の感染が確認されています。

ヒトの感染例①

1996年11月、野生動物保護を行っていたアニマルキーパーの39歳女性が保護下にあったキバラツームコウモリに数回に渡り噛まれた。それから約4週間後、経度の倦怠感を訴え病院に入院後、ヒトの狂犬病に似た症状を発症し、発病から20日後に死亡。検死解剖の結果、脳からABLVの存在が確認された。[11]

ヒトの感染例②

1996年8月、家族で屋外バーベキューをしていたところ、突如として飛来した野生のオオコウモリが参加していた子供の背中に張り付いた。当時35歳の女性がこれをどける際に左の小指に軽い噛み傷を負った。女性はその後、病院で破傷風の解毒剤と抗生物質を処方された。27ヶ月後の1998年11月、女性は狂犬病に似た症状を発症し入院、19日後に死亡した。検死解剖の結果、脳からABLVの存在が確認された。[12]

ヒトの感染例③

2012年12月、発熱と食欲不振で8歳の男児が入院。急性膵炎の仮診断で治療を進めるも錯乱や痙攣、激しい腹痛などを訴え始めた。様々な検査の結果、リッサウイルスの抗体検査で陽性反応が見られ、聴取の結果、男児の妹の証言により8週間前に左前腕をコウモリに引っかかれていたことが判明した(ここまで誰もこの事実を知らされていなかった)。ミルウォーキープロトコルを試みるも改善は見られず入院26日目には脳死、28日目に抜管後死亡した。[13]

ウマの感染例

2013年5月、同じ放牧地内にいた2頭のウマがほぼ同時期に後脚の運動失調を示した。運動失調は急速に悪化し、発症から2日後には横臥したまま泳ぐように脚をバタつかせ、狂乱状態に陥ったため安楽死処置が施された。検死解剖の結果、脳からABLVの存在が確認された。[14]

 

イヌ・ネコへの感染実験

3匹のネコと5頭のイヌに試験的にABLVを感染させた実験結果では、感染実験に参加した全てのイヌとネコが3ヶ月の実験期間を生き残り、且つ、ウイルスの排出も見られなかった。[15]

ネコは感染実験開始から11~42日の間、若干の行動の変化(威嚇行動や普段行かない場所へ登るなど)が見られたがその後は安定した。3ヶ月後の検死解剖では脳内にABLVの痕跡は残っておらず、抗体値の上昇が見られた。[15]

イヌは感染実験開始から9~12日後、5頭中2頭のイヌには感染箇所に対する痛みを示す反応が見られた。実験開始から2~3週間後には、5頭中3頭にかなり軽度だが典型的な狂犬病の症状(後脚の運動失調、感染箇所の痒み)が見られたが、これらは1~2日で治まった。3ヶ月後の検死解剖では脳内にABLVの痕跡は残っておらず、抗体値の上昇が見られた。[15]

 

ABLVは公衆衛生のリスクか

(主に筆者が論文読むことに夢中になってしまい)長々と書いてきましたが、現行のオーストラリアではABLVの存在による狂犬病ワクチン接種の義務などは発生していません。これは総合的にみてABLVがもたらす公衆衛生へのリスクは低いとみなされているからです:

  • 宿主がコウモリである点。ヒトとコウモリが関わる機会が少ないため、そもそもヒトが感染しうる状況が稀である。これまでのヒトにおける発症例も事故的な側面が強く頻発するものではない。
  • コウモリのABLV保有率が1%未満と低い点。ただしこれに関しては今後もサーベイランスが必要であり、保有率の上昇が認められた場合は対応を改める必要が出てくる可能性もある。
  • コウモリ→他種感染において、ABLVに感染したコウモリ以外の動物からABLVの排出が確認されていない点。コウモリ以外の感染源が現状では確認できていない。
  • コウモリ→イヌ/ネコ感染による重症化が確認されていない点。また、試験的に感染させたイヌやネコからABLVの排出が確認されていない。
  • 予防的、及び感染早期における狂犬病ワクチン投与が有効な点。コウモリに噛まれるという稀な状況が危険であるという教育が行き渡れば発症の予防が可能である。

 

ただしまだ新しく発見された人獣共通感染症であり、発症すれば致死率100%の病気なため、今後の事例や検証によって対応が変わってくる可能性は大いにあります。[17]

 

まとめ
- 豪州にはABLVという狂犬病ウイルスの仲間が存在するよ
‐ ABLVの宿主はコウモリだから、ヒトとは関わりが少なく感染は稀だよ
- ABLVに感染したイヌ・ネコ・ウマからウイルスが排出された痕跡が無いよ
‐ 公衆衛生リスクは現状では軽微だとされているよ

 

オーストラリアにおける狂犬病ワクチン接種

話を狂犬病ウイルスに戻します。

狂犬病が蔓延したことのないオーストラリアですが、国内で飼育されているイヌやネコに狂犬病ワクチンの接種義務は存在しません。これは上記でコップに例えている通りなのですが、オーストラリアにおいて狂犬病対策は防疫、つまり国内に『持ち込ませない』ことに全力を注いでいれば良く、国内に感染源が隠れていることを危惧していないことが主な理由になります。

 

義務は存在しないというより、そもそもオーストラリアでは理由無く狂犬病ワクチンをイヌに接種することは認められていません。これはオーストラリア農薬・動物用医薬品局(Australian Pesticides and Veterinary Medicines Authority、APVMA)が狂犬病ワクチンに対してMinor use permit(限定的使用許可)しか認可していないためです。[20]

何故本格的な使用許可が認可されていないのか、その詳細な理由は調べてみても見つからないのですが、Minor use permitの認可が下りる理由の一つとして、

use on a minor crop, animal or non-crop situation, where no registered products exist for the proposed use, and use of the product would not produce sufficient economic return to register the product

(限定的な植物や動物に対し使われる場合で、他に認可されている製品が本用途で使用できず、且つ、本製品を使うに辺り正式な認可を下すほどの経済効果が期待できない場合)[21]

みたいなことが書いてあるところをみると、もしかすると(あくまで筆者の憶測にすぎませんが)オーストラリアでは狂犬病予防接種の使用率が低すぎて認可するほど使わないし経済効果も無いから限定的許可で良くね、みたいなノリなのかもわからんですね。なんという逆利権状態。

 

では具体的にどういった状況でオーストラリアでは狂犬病ワクチンが使用でき、どういった状況で使用できないのでしょうか。

 

使用できる条件は大まかに2つあります。

1つが海外への輸出・移送準備にある動物へのワクチン接種。これは到達先である輸入国が狂犬病ワクチン接種歴を求めるため、それに合わせるために狂犬病ワクチンの限定的使用が許可されます。

もう1つがコウモリと接触し、ABLVに感染した可能性のある動物(ブタ以外)への暴露後ワクチン接種。例えば道端で死んでいたコウモリの死骸で遊んでいたイヌ、などがこれに該当します。発症前の早期の段階で狂犬病ワクチンを接種することで十分な予防効果が期待できるABLV感染ですが、これに関しては「感染の可能性」だけで限定的接種が認められています。

これら2つに該当しない場合、オーストラリアでは動物における狂犬病ワクチンの接種は認められていません。「コウモリが沢山住んでいるから」「とりあえず狂犬病が怖いから」だけでは認められないのです。[20]

 

よくビックリされるんですが、筆者も臨床獣医師になって以来、一度も狂犬病ワクチンを動物に投与した経験がございません。そもそもうちの動物病院にはストックしていないのです。それくらい縁が無い。

 

よって、万が一オーストラリアに狂犬病が侵入した場合、国とAPVMAはまず「狂犬病ワクチンの国内使用のための緊急使用許可」を即時下して、感染が疑われずともリスクの高い動物へのワクチン使用を認める必要があるのです。面倒くさい。

 

まとめ
- 豪州ではイヌやネコに狂犬病ワクチン接種は行われていないよ
‐ 国が一般使用許可を出していないから、むしろワクチンは使用禁止だよ
- 唯一使える場面は、輸出か、コウモリがABLVを媒介した可能性があるときだけだよ
‐ 使用禁止の主な理由は「許可下すほど経済効果ないから」かもしれんよ、知らんけど

 

オーストラリアへの狂犬病侵入の可能性と経路

オーストラリアの狂犬病に対する防疫体制の主軸となるのが狂犬病ウイルスの国内への侵入防止です。オーストラリアは日本と同じように四方を海に囲われている幸運な国なため、主な防疫は空路と海路による侵入阻止に注力されます。

正規の動物輸入と対応

オーストラリアへイヌやネコを輸入する際には輸出元の狂犬病対策状況によってグループが別れており、このグループ別に対応が異なります。[18]

 

グループ1:ニュージーランドノーフォーク島など

→ 狂犬病清浄国であり、一度も狂犬病が発生していない国です。輸入の際に国からの許可証の発行の必要がなく、検疫所での係留も必要ありません。

 

グループ2:日本、ハワイ、トンガ共和国、シンガポールパプアニューギニアなど

→ CDCが狂犬病清浄国と認めている地域の一部が該当します。輸入の際に国からの許可証の発行が必要で、来豪の際に検疫所にて係留があります。

 

グループ3:イギリス、アメリカ本土、EU加盟国の一部など

→ 狂犬病の発生が無い、もしくはしっかりと制御されている国が該当します。輸入の際に国からの許可証の発行が必要で、許可証の発行に必要な各種検査やワクチン接種の項目がグループ2よりも多いです。来豪の際に検疫所にて係留があります。

 

上記のグループに属さない国:

→ オーストラリアへの直接的なイヌ/ネコの輸入は認められていません。これらの国からオーストラリアにイヌやネコを連れてきたい場合、グループ2かグループ3に属する国を通してオーストラリアに輸入する必要があります。

例えばフィリピンからオーストラリアにイヌを連れてきたい場合、まずはフィリピンから日本にイヌを輸送し、日本の法律に従って検疫所で過ごし、合計で6ヶ月の日本滞在歴を経た後、グループ2からの輸入としてオーストラリアに連れてくることが可能になります。要するに日本を防疫のクッションにしているわけです。ありがとう日本。

 

海外のイヌやネコの輸入に関しては各国で色々な防疫措置がありますが、オーストラリアのそれは特に厳しい印象です。清浄国とされる日本国も完全な信頼が寄せられているわけではなくグループ2扱いになっています。

 

脱線:正規輸入の許可を無視したらどうなるか

2015年、パイレーツ・オブ・カリビアンの撮影のためにオーストラリアを訪れていた俳優のジョニーデップ夫妻が、自家用ジェット機に乗って愛犬2匹を連れてきていたことが後に判明。入国の際に入国カードには虚偽の申告がされていたために動物密輸罪に当たるとされる事件がありました。イヌの密輸が発覚した際、オーストラリア政府が提示した選択肢は「72時間以内にイヌを連れて出国(退去)か、安楽死」であり、世界的なスターに対する厳しい要求に批判も殺到。2万人に及ぶ特例措置を求む署名も集まりましたが、当時の農相はこれらに対し「世界一セクシーな俳優だからと特例を認めて法律を無視したら、これはもう全ての人類に特例を認めざるを得なくなる」と一蹴しました。俳優も一般人も同じだろう、ということですね。

最終的に2匹のイヌは同じ自家用ジェットで本国アメリカに帰国しましたが、莫大な費用を被ったほか、妻のアンバー氏は「オーストラリアになんか来るか」などと当初は怒りを露わにしていましたが、虚偽文書作成罪と検疫法で法廷に立つ頃にはオーストラリア政府経由で謝罪声明の動画を公開しました。

まとめ
- イヌ/ネコの正規輸入は輸出元の国の狂犬病の危険度によって違うよ
- 狂犬病が制御できていない国からは直接連れてこれないよ
- 世界的有名人であろうが違反者には厳格に対処してくるし普通に訴えてくるよ

 

不法入国者のリスク

現状のオーストラリアにおける防疫体制は堅固であり、これをすり抜けて狂犬病感染個体が国内に侵入し病気を蔓延させるリスクは極めて低いとされている中、オーストラリアで一番警戒されている狂犬病侵入ルートは不法入国者の連れてきた動物からの感染拡大です。[19][20]

オーストラリアの国土は四方を海に囲まれてはいますが、その北部にはすぐ近くにインドネシア領パプアニューギニア領が存在します。そして特にパプアニューギニアとの間にはトレス諸島という大小さまざまな島が点在しており、やろうと思えばこの島伝いに小型のボートやヨットなので個人が国を渡れてしまうのです。

下がオーストラリア北東部、上がパプアニューギニア。とても近い。

正規に連れ込まれたイヌやネコに対しては係留やワクチンの接種、抗体価検査などで防疫ができますが、不正規ルートで入って来た密入国者と密輸入動物に関してはそこまで制御が利きません。こればかりは国境警備隊や地元警察の奮闘に頼るしかないのです。

パプアニューギニアは現在まで清浄国のステータスを守ってきています。インドネシアは近年、それまで蔓延の歴史が無かったバリ島やフローレンス島で次々と狂犬病が発生しており防疫体制の杜撰さが垣間見れることから、インドネシア国境が陸地で面しているパプアニューギニアへの狂犬病侵入をオーストラリアは危惧しています。パプアニューギニア狂犬病対策においてはいわゆる緩衝国なので、ここが陥落しないようにオーストラリアは国益を投じてインドネシアパプアニューギニアにおけるイヌのワクチン接種や野犬管理、狂犬病知識の教育などの事業を推進しています。一見すると慈善事業なのですが、その実ちゃんと国益につながるんですね。

 

まとめ
- 不法入国者の連れてきたイヌから狂犬病が蔓延することを警戒してるよ
- 隣国パプアニューギニアの清浄国ステータスを守るよう努めてるよ

 

狂犬病侵入の際の対応マニュアル

では仮に、もしもオーストラリアに狂犬病ウイルスが入り込んでしまい、これが蔓延した場合はどうするのか。各国にはそれぞれ特定家畜伝染病防疫指針と言われる対応マニュアルみたいなものがありますが、家畜伝染病ガチ勢のオーストラリアにもさまざまな伝染病の対応策をそれぞれ記したAUSVETPLANという指針が存在します。今回はその中にある「AUSVETPLAN Disease Strategy Rabies (2011)」と「AUSVETPLAN Response Strategy Lyssavirus (2021)」を元に狂犬病発生時の対応をザックリとみていきます。[19][20]

これ、それぞれ63pと93pに渡るマニュアルなんで、本当にザックリとだけね…。

 

animalhealthaustralia.com.au

 

狂犬病侵入 - 検知までの動き

仮に狂犬病ウイルスが侵入した場合、まず一番最初にこれを検知するには発症した個体を診た現場の獣医師が狂犬病を鑑別に上げ、適切にこれを検査しなければなりません。鑑別に上がる個体は神経症状及び行動の変化が見られる全ての動物種、と記載されており、これはイヌの他、例えば人間を恐れなくなった(行動の変化が見られる)野生動物すらも含まれています。

狂犬病が疑われた個体には、①安楽死、②14日間の隔離と経過観察のどちらかが採用され、死亡が確認された際には直ちに神経組織(脳)の検体をラボに送って狂犬病の抗原検査を行い確定診断を目指します。この際、Biotype(狂犬病ウイルスの『型』)まで把握することが非常に大事と明記されています。このバイオタイプを把握することでウイルスの侵入経路の予測ができ、初動の対応が変わってくるためです。

超余談ですがオーストラリアは世界でも珍しい、動物感染症専門のBSL-4施設(一番ヤバい病原体を扱っていいバイオハザードかかってこいや的な研究所、日本ではヒトの感染症を主に扱う国立感染症研究所しかBSL-4は稼働してない)まで持っている国で、人獣共通感染症や動物感染症には国家総出で本気です。

 

AUSVETPLANにおいてもこの初動がある程度は遅れるであろうことは考慮されており、散発的な症例が関連した状態で数回起きるか、軽度の感染爆発が起きた状態でないと発見は難しいであろうと予想しています。つまり、よほど疑わしい状況を除いて、1~2匹が神経症状を見せている程度ではわざわざ致死処置を行った後に頭骨を開いて脳を取り出し、本来オーストラリアには存在しないはずの狂犬病を疑って研究所にサンプルを提出するという状況は現実的ではないからです。これが例えば限定的な地域で何匹もの動物が同様の状態にあったり(軽度の感染爆発)、直近で亡くなったイヌに噛まれたヒトを含む別の動物が神経症状を発症したり(関連性の可視化)していないと鑑別には上がり難いであろう、と考えられているためです。

 

まとめ
- 神経症状や行動の変化が見られる動物の死後に脳を検査して発見するよ
- 発見までの初動はある程度遅れると考えられているよ

 

初動① - 動物を定義する

狂犬病ウイルスの侵入が確認された時点において、関連している動物は以下のどれかに定義され初動対応の戦術プランに活用されます。

  • Confirmed case(確定事例)- 検査の結果、陽性が認められた事例(致死処置後)
  • Infected animal(感染動物)-  確定事例に関連しており狂犬病の症状を発症している生存中の動物
  • Suspect animal(疑わしい動物)- 狂犬病発生地域に関連していないが神経症状を発症している生存中の動物
  • Dangerous contact animal(危険度の高い動物)- 過去に感染動物に関連しており狂犬病に感染している可能性が非常に高い動物。
  • Trace animal(痕跡動物)- 狂犬病発生地域に関連しているが無症状の動物
  • Susceptible animal(感染しやすい動物)- 狂犬病に感染しやすい動物全般、イヌ・ネコ・フェレットなどが該当

 

まとめ
- 地域や症状、地域などの要素で全ての動物は狂犬病リスクを定義されるよ

 

初動② - 地域を定義する

狂犬病ウイルスの侵入が確認された時点において、関連している地域は以下のどれかに定義され初動対応の戦術プランに活用されます。これを定義するのは該当する州のChief veterinary officer(CVO、主席獣医医務官)です。

  • Infected premises, IP(感染地域)- 確定事例が出た敷地
  • Restricted area, RA(制限区域)- IP周辺の地域、範囲は定義されておらず感染している動物種や頭数、密度などで変わる、円で描かれる
  • Transmission area(伝染区域)- RA内にでも制限を強化しなければいけない際に定義される地域で円である必要がない
  • Control area, CA(制御区域)- RAと非感染地域の間に位置する緩衝地域、範囲は定義されていないがRAより広く対象となる、円で描かれる

 

まとめ
- 狂犬病が発生した感染区域を中心に、関連地域は段階的にリスクを定義されるよ

 

初動③ - 初期撲滅作戦

狂犬病の感染源は感染動物であるがために、初動においてまずはInfected animal(感染動物)とDangerous contact animal(危険度の高い動物)は致死処分になります。これは明らかな感染源をなるべく早く処理してヒューマンリソースを確保すること、人間の安全を確保すること、後期対処であるワクチン接種などを行うための時間を稼ぐことが主な意図です。致死処分を受けた動物は検査され狂犬病ウイルスの感染の有無を確かめられ、感染が確認された場合はこれらの動物に関連していた他の動物の定義が変わっていきます。

 

周辺動物に対する大規模な致死処分は、世界各国の過去の事例において『効果が薄く、大きな費用が掛かり、不評判である』として、執り行う場合には十分な検討が必要であると定義されており否定的です。否定的ですが完全な否定はされていません。

野生動物や野良人口の大規模殺処分に関しても否定的で、仮に殺処分を行っても別地域から動物が入って来て縄張り争いなどで喧嘩が誘発された結果、狂犬病の蔓延を助ける可能性もあるため逆効果になりかねない、と定義しています。ただし環境改善や生殖機能の制御は効果があるかもしれない、とも定義しています。

 

まとめ
- 感染した動物と、それに噛まれている動物などは初動の殺処分対象だよ
- 周辺地域に住む動物の大規模殺処分は推奨されていないよ
- 野生動物の殺処分なども推奨されていないよ

 

初動④ - 移動制限と検疫

初動の移動制限

確定事例が出た家/牧場/敷地はその時点でIP認定され、その周辺地域がRAとして定義されます。また、RAの外周はCAと定義され、レベルに応じた移動制限がかけられます。RA内においては全てのSusceptible animal(感染しやすい動物)に移動制限がかかり、許可制になります。

人間、車両、物流に対する制限は行われません。

許可証の発行

許可証の発行にはその動物の種類、数、識別番号(マイクロチップやイヤータグ)、所有者、連絡先、棲息住所、移動先、移動経路、狂犬病ワクチン接種状況、健康状態などを明記して署名する必要が出ます。

許可証にもレベルがあり、制限区域に応じて必要な許可証と、それに付属するルールが変わってきます。例えばワクチン未接種状態の動物をCAからRAに移動する場合、移動元から移動先まで一直線での移動、移動中にCAの外に出ること禁止、移動中の停車や降車(これは給油やトイレ休憩も含まれると思われる)の禁止などという厳しい条件が課されます(下の図を参照)。

また、基本的にワクチン未接種状態で危険度の高い区域から危険度の低い区域への移動は禁止されます。同様に、制限区域外からRAへの侵入も禁止されます。

 

移動制限区域における許可証システムの例。[19]
移動制限はどこまで制御できるのか

オーストラリアは政府が緊急事態と判断した際の行動制限が法律の元で割とガッツリできる国なのは2019~2021年のCOVID‐19で十二分に証明されたと思います。具体例を挙げるならば、必要最低限の外出しか許可されていなかったのに「ビーチで日光浴をしていた」(ジョギングなどの必要最低限の運動ではなかった)人に対して一般警察官経由で$1000(約10万円)の罰金をそこら中で課せてた国なので、狂犬病発生時にもガッツリと法律と警察組織で固めてくることは容易に想像できます。しかも動物の移動制限はヒトの移動制限よりも人権ないですからね…。

 

まとめ
- 確定診断がでた敷地を中心にRAとCAが区域指定されるよ
- 指定された区域内や区域間での動物の移動は制限され感染拡大を防ぐよ
- 移動のための許可証にもレベルがあり、制約が課せられるよ
- オーストラリアは移動制限やると決めたら本気でやってくるよ

 

初動⑤ - 痕跡調査とサーベイランス

検知された狂犬病ウイルスはそのBiotype(型)を把握され、この情報を元に痕跡調査が開始されます。そのウイルスがアメリカで見られる型であれば直近で空輸された動物やアメリカ経由で港に着いたコンテナ艦に疑いは向けられますし、そのウイルスがインドネシアで見られる型であれば密入国由来の疑惑が浮上してくるので可能性のある地域の洗い出しと検査が行われる、といった具合です。発生源の特定は、封じ込めのリソースをどの地域に割くかを見極める重要な情報です。

 

『感染動物』や『危険度の高い動物』に関しても発症前の過去14日間の痕跡調査が行われます。その動物がどこに訪れたか、その動物がいた場所に誰が訪れたか、外に居たか室内に居たか等を調査して、感染が広がった可能性のある個体や地域を特定していきます。こちらもCOVID-19の初動においてオーストラリアはとても優秀な痕跡調査実績があるので個人的には期待が持てます。

 

RA区域におけるサーベイランス調査も行われます。イヌやネコの飼育個体は役所に登録されているので、まずはこれを主体に戸別訪問調査が行われます。サーベイランスの主な目的は狂犬病症状の検知ですが、訪問と同時にワクチンの接種を行えることが望ましいとされています(こうすることで動物の所有者の調査受け入れも助長される)。

 

野生動物に対するサーベイランス調査機関も設置する必要が生じてきます。スポット調査、地上調査、航空調査(国土が広いので)などを駆使して、神経症状を見せる野生動物の捕獲及び殺処分と狂犬病抗原検査を行い、狂犬病が野生動物および野犬・ノネコなどにどこまで蔓延しているかの指標を得るのが目的です。主に野生動物保護団体やRSPCAの担当官、レンジャーなどがこれに任命されると考えられます。

 

まとめ
- 痕跡調査はウイルスの発生源や、感染個体の過去の行動域を探るよ
- 戸別訪問や野生動物調査を行って感染拡大状況を把握するよ

 

ワクチンの認可と接種

狂犬病蔓延防止において最も大事で効果的なのは狂犬病ウイルスに感染しやすい、媒介しやすい動物に対するワクチンの接種です。

先に述べたように、オーストラリア農薬・動物用医薬品局(Australian Pesticides and Veterinary Medicines Authority、APVMA)は平時における不必要とみなされる狂犬病ワクチンの接種は法的に認めていませんが、逆に言うと緊急時における使用は該当する州のChief veterinary officer(CVO、主席獣医医務官)の判断に一任されているため、緊急使用許可は一瞬で下ります。緊急使用許可が下りている間に一般使用許可への法改正が行われると思います。

 

初動における狂犬病ワクチン接種の優先度はRA区域における『痕跡動物』(区域内にいるが発症していない動物)が最優先接種対象に指定されます。イヌとキツネが一番最初に優先され、次に「Pets」と記載されているのでネコや他の肉食性愛玩動物が対象になると思われます。接種方法は集団接種と戸別訪問接種の2種類がありますが、特に初動のRA区域において集団接種は感染拡大リスクがあるため戸別訪問接種が推奨されます。

RA内にいる『痕跡動物』は、狂犬病を発症するか接種後抗体値が0.5IU/mLになるまで経過観察がされ、その後はワクチン接種済み個体として扱われます。

ワクチン接種個体は全てが把握され登録され、未接種個体群と区別します。最終的なワクチン接種対象がRA・CA内に留まるのか、その外である国内全頭なのかは明記されていません。

 

家畜やウマに対するワクチン接種は最初は行われませんが、サーベイランス調査の結果によって野生動物人口でのウイルス蔓延が示唆され、且つ、十分なワクチンが確保できている場合は接種対象に入ります。例外として動物園内の感染・媒介しやすい動物種に対する接種は積極的に行う可能性があります。

 

野生動物内における狂犬病定着が示唆され始めた場合、経口ワクチン投与の計画を立てる必要が出る可能性もありますが、これはその時点におけるエビデンスを調査して検討すること、と書かれています。

 

まとめ
- 豪州における狂犬病ワクチンの緊急使用許可は鶴の一声で下りるよ
- 指定された区域内のイヌ・キツネが最優先でワクチン接種を受けるよ
- 続いてネコなどのペットが接種対象、家畜やウマは優先度低いよ
- 国内の動物全頭が対象になるかは明記されてないよ

 

その他の記載

メディアを使った国民への説明と協力要請の必要性、致死処分の方法、非常時における予算や保証金などの話も出てくるが、もう既に長すぎるので割愛。あんまり狂犬病に関係ないし、そもそも筆者が疲れた←

 

 

 

豪州と狂犬病問題 ウソ・ホント 一問一答

最後のこのセクションでは、巷で噂されがちなオーストラリアの狂犬病事情や狂犬病対策に関するあれやこれをQ&A方式で記載していきます。このセクションに関しては筆者がネットの海で良く解らん論法を見つけたらその都度足していく可能性があります。主にトンデモ情報を特に調べずに吐いてる輩に対しての殴りセクション。長文読むのが面倒な人のためのまとめでもある。

 

Q: 豪州は日本と同じ狂犬病清浄国である

本当。アメリカ疾病予防管理センターが認める土着の報告が無い地域という定義において、日本もオーストラリアも狂犬病清浄国です。

Q: 豪州は日本と違って一度も狂犬病が蔓延した歴史がない

本当。オーストラリアは一度も狂犬病が蔓延したことのない国なのに対して、日本は過去に全国に渡って狂犬病が蔓延していた国であるという部分が微妙に異なる清浄国同士です。

Q: 豪州では一度も狂犬病が発見された歴史がない

公式見解としては本当。オーストラリアでは狂犬病の確定診断が出た歴史はなく、現行のサーベイランス調査でも確認されていません。ただし過去の事例では狂犬病を示唆するイヌ・ヒトの症例報告が限られた期間の限られた地域に存在します。

Q: 豪州や日本といった清浄国ではヒトは狂犬病を発症しない

ウソ。清浄国の住民でも海外渡航時に非清浄国で狂犬病を発症している動物に噛まれ、帰国後に発症することはあります。よって清浄国においても狂犬病によるヒトの死亡例は存在します。

Q: 半世紀以上も発生していなければ狂犬病は撲滅されている

ウソ。台湾では52年間以上もの間狂犬病が発見されず清浄国として扱われていたが、森林型狂犬病が野生動物に100年以上も存在していることが分かり清浄国認定から外されている。尚、このような事実が見つかる要因となった野生動物の狂犬病サーベイランス調査は日本ではアクティブに行われていない。

Q: 狂犬病ウイルスの仲間であるリッサウイルスは豪州に存在する

本当。オーストラリアコウモリリッサウイルス(ABLV)が存在します。

Q: ABLVは大きな公衆衛生問題を引き起こしている

ウソ。ABLVはコウモリによって媒介されますが、そもそもヒトとコウモリの生息域があまり被らないので、散発的なヒトの死亡例は存在しますが現行では大きな公衆衛生問題には至っていません。

Q: イヌにABLVが感染することで豪州国内に狂犬病が蔓延する可能性がある

ウソ。ABLVはコウモリ以外の生物による媒介が現行では確認されておらず、ABLVのイヌ→イヌ感染やイヌ→ヒト感染は考え難いとされています。

Q: 豪州では狂犬病侵入の早期発見のためにワクチンを打っていない

ウソ。早期発見目的ではなくオーストラリア農薬・動物用医薬品局(APVMA)が狂犬病ワクチンに対して限定的使用許可しか認可していないためです。

Q: 豪州では一般のペットに狂犬病ワクチンを打つこと自体が法律違反である

一部本当。APVMAが狂犬病ワクチンに対して限定的使用許可しか認可していないため一般のペットに理由なく狂犬病ワクチンを使用することは法律違反です。ただしペットの海外輸出前やコウモリに噛まれた後など、限定的使用はできます。

Q: 清浄国なので日本から豪州にペットを連れてきても検疫・係留はない

ウソ。オーストラリアが係留無しでのペット輸入を認めているのはニュージーランドノーフォーク島などのグループ1に含まれた国だけであり、日本はグループ2に含まれているため係留が必要です。

Q: 非清浄国からペットを豪州に輸入する際は長期間の係留が必要

ウソ。狂犬病非清浄国の多くの国からのペットの直接輸入をそもそもオーストラリアは認めていません。こうした国は一度、オーストラリアの認めている国(例:日本)に輸出し、その国の検疫・係留をクリアした後でオーストラリアに輸入・追加係留を求められます。

Q: 不法入国は狂犬病侵入の重大なリスクだ

本当。特にオーストラリア北部ではインドネシアニューギニアから島伝いに不正にイヌを持ち込まれることを危惧しており、防疫を強化しています。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、感染・発症した個体は致死処分される

本当。狂犬病を発症した動物の治療は推奨されず、安楽死処置を施すか14日間の経過観察が必要になります。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、発生源周辺のペットは全頭殺処分される

ウソ。特定家畜伝染病防疫指針であるAUSVETPLANには大量殺処分に関して『効果が薄く、大きな費用が掛かり、不評判である』と否定的であり、感染個体及び感染個体に噛まれた個体以外の致死処分は避ける方針を打ち出しています。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、動物の移動制限が課される

本当。感染拡大を防ぐ目的で該当区域内外の動物の移動は全て許可制になります。動物に対しての移動制限は発生しますが人間、車両、物流に対する制限は課されません。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、野生動物の無差別殺処分が行われる

基本的にウソ。無差別の殺処分は行われないがサーベイランス調査の一環として神経症状のある野生動物や変死体は捕獲・致死処分・検査の対象になります。無差別殺処分は効果が薄いか、逆効果になりかねないと明記してあります。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、殺処分と移動制限が一番効果的な防疫だ

ウソ。狂犬病の蔓延防止で最も効力があるのはワクチン接種であると明記されています。狂犬病侵入時のワクチン接種ではまず該当区域のイヌとキツネが最優先され、次にネコやウマなどのワクチン接種が考慮されます。

 

 

 

参考文献の皆様

僕ぁ無駄に批判されるのは嫌なので相変わらず参考文献を色々貼っておきます。基本的に全て論文か各国政府機関のサイトです。順番は流石に整えるのが面倒だったので登場順にテキトーに並べますサーセン

 

[1]

Centers for Disease Control and Prevention (2021 July). Rabies Status: Assessment by Country. https://www.cdc.gov/rabies/resources/countries-risk.html [viewed on 5th March 2022].

[2]

Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries Japan (2022). Animal quarantine information for travellers to Japan. https://www.maff.go.jp/aqs/animal/dog/rabies-free.html [viewed on 5th March 2022]

[3]

Nobuyuki Minamoto (2007). Rabies: The History, Present Situation and Prevention Measures. Journal of Animal Clinical Research Foundation 16(2): 27-33.

[4]

Ministry of Health, Labour and Welfare Japan (2022). Rabies. https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/ [viewed on 9th March 2022]

[5]

Chen-Hsuan Liu (2013). History of Rabies Control in Taiwan and China. Taiwan Epidemiology Bulletin 29: 44-52.

[6]

Yu-Ching Lan et al. (2017). Indigenous Wildlife Rabies in Taiwan: Ferret Badgers, a Long Term Terrestrial Reservoir. BioMed Research International 2017: 396-402.

[7]

Chiou, H. Y. et al. (2014). Molecular characterization of cryptically circulating rabies virus from ferret badgers, Taiwan. Emerging infectious diseases 20(5): 790–798.

[8]

Pullar, E. M., & McIntosh, K. S. (1954). THE RELATION OF AUSTRALIA TO THE WORLD RABIES PROBLEM. Australian Veterinary Journal 30(11): 326–336.

[9]

Frazer, G.C. et al. (1996). Encephalitis caused by a Lyssavirus in fruitbats in Australia. Emerging Infectious Diseases 2: 327–331.

[10]

Japan Veterinary Medical Association. (2019). 狂犬病ワクチン接種の見直し意見に対する日本獣医師会の見解. Japan Veterinary Medical Association 72: 192-195.

[11]

Samaratunga, H., Searle, J. and Hudson, N. (1998). Non-rabies lyssavirus human encephalitis from fruit bats: Australian bat Lyssavirus (pteropid Lyssavirus) infection. Neuropathology & Applied Neurobiology 24: 331-335.

[12]

Hanna, J. N. et al. (2000). Australian bat lyssavirus infection: a second human case, with a long incubation period. Medical Journal of Australia 172(12): 597–599. 

[13]

Francis, J. R. et al. (2014). Australian bat lyssavirus in a child: the first reported case. Pediatrics 133: 1063-1067.

[14]

Annand, E. & Reid, P. (2014) Clinical review of two fatal equine cases of infection with the insectivorous bat strain of Australian bat lyssavirus. Australian Veterinary Journal 92: 324-332.

[15]

McColl, K. A. et al. (2007). Susceptibility of domestic dogs and cats to Australian bat lyssavirus (ABLV). Veterinary Microbiology 123: 15-25.

[16]

Wildlife Health Australia. (2021). Australian Bat Lyssavirus Reports. Wildlife Health Australia

https://www.wildlifehealthaustralia.com.au/ProgramsProjects/BatHealthFocusGroup.aspx [viewed on 19th April 2022]

[17]

Wildlife Health Australia. (2019). WHA Fact Sheet: Australian bat lyssavirus. Wildlife Health Australia

https://wildlifehealthaustralia.com.au/Portals/0/Documents/FactSheets/mammals/Australian_Bat_Lyssavirus.pdf [viewed on 20th April 2022]

[18]

Department of Agriculture, Water and the Environment. (2021). Bringing cats and dogs to Australia; Step-by-step guides. Australian Government.

https://www.awe.gov.au/biosecurity-trade/cats-dogs/step-by-step-guides [viewed on 20th April 2022]

[19]

Australian Veterinary Emergency Plan (2011). AUSVETPLAN Disease Strategy Rabies. Primary Industries Ministerial Council

https://rr-asia.oie.int/wp-content/uploads/2020/04/avp_rabies_v3-0_2011-1.pdf [viewed on 20th April 2022]

[20]

Australian Veterinary Emergency Plan (2021). AUSVETPLAN Response Strategy Lyssavirus. Primary Industries Ministerial Council. Animal Health Australia. 1-93.

[21]

Australian Pesticide and Veterinary Medicines Authority (2021). Minor use and emergency permits. Australian Pesticide and Veterinary Medicines Authority

https://apvma.gov.au/node/10886 [viewed on 20th April 2022]

[22]

World Organisation for Animal Health (2015). Terrestrial Animal Health Code, Chapter 8.14, INFECTION WITH RABIES VIRUS. World Organisation for Animal Health. https://www.oie.int/fileadmin/Home/eng/Health_standards/tahc/2018/en_chapitre_rabies.htm [viewed on 21st April 2022]

 

 

twitter.com