とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

オーストラリアの狂犬病対策 ‐ 日本との違い

度々SNS上で散見されるのが「日本は60年以上も狂犬病が発生していないのに何故イヌの狂犬病ワクチン接種が義務付けられているんだ」という議題です。中には「獣医師の利権だ」「百害あって一利なし」「海外では打ってないところもある」という論法を展開する連中も多く存在します。

 

特にこの『海外では打っていない』論法ですよ。

つまるところオーストラリアやニュージーランドなんですが。

 

 

もうね、日本とオーストラリアの防疫体制ってのは元々違うのだから、アホみたいなアンチワクチンの謎理論展開で毎回オーストラリアの名前を出さないで!

 

 

ということを声を大きくして言いたいので、ここにブログを書きなぐり始めました。中には獣医師でも勘違いしていることが多い分野なので、長いことつらつら書きます。このブログ記事の主な使い方としては「豪州における狂犬病の歴史や対策の学習」「豪州と日本という狂犬病清浄国の大きな違い」そして「謎理論を展開している人を殴るための理論武装です。ちゃんと武装できるように毎回ながらエビデンスも貼ります。

 

今後、日本のアンチ狂犬病ワクチン理論を展開している人が「オーストラリアでは打ってないんだぞ!」なんて言った日にはこのブログ記事を突き付けてやってください。そのほかの「利権ダー」「猫ニモ打テー」なんて話は僕の知ったこっちゃないんで(そもそも日本の狂犬病ワクチンの裏事情なんて知らん海外獣医師だし)そっちは各々別途対処するように。

 

 

 

 

狂犬病清浄国

狂犬病清浄国(Rabies-free country)とは一般的に、CDC(Centers for Disease Control and Prevention)、アメリカ疾病予防管理センターが認める土着の報告が無い地域、つまりは長期間狂犬病の発生が確認されていない国のことを指します。

認められている地域は2021年で79ヶ所あるようだがそのほとんどが小さな島々であり、メジャーな国と言えば日本、オーストラリア、ニュージーランドと西ヨーロッパの各国くらいです。[1]

 

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狂犬病清浄地域。西ヨーロッパと日本、オセアニア以外はほぼ島。

 

ちなみに日本の農林水産省(動物検疫所)が認める指定地域ってのは更に範囲が狭く、現在ではアイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー諸島、ハワイ、グアムの6ヶ所しかありません。[2]

2012年にはEU各国が、2013年には台湾が指定地域から除外されています。2012年はEU諸国間での動物の移動制限が緩和されたため防疫体制不十分との判断から、そして台湾は2013年に狂犬病が発生したために除外されたわけですが、CDCの指標においては西ヨーロッパの複数国は清浄国として扱われています。農水省のいうところの「指定地域」は日本国の検疫目的の指標なので、CDCの指標よりも更に厳格になっているわけです。要は「安全 of 安全」と考えられてるのが指定地域ですな。

 

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農林水産省の認める指定地域。CDCよりも更に限定的。

 

まとめ
- 日本もオーストラリアもCDCが認める狂犬病清浄国だよ
- 農水省が認める指定地域はCDCのものよりも厳格だよ

 

 

狂犬病清浄国、日本

日本は現在、狂犬病清浄国として世界に認知されています。これには過去に並々ならぬ努力を重ねた結果であり、100年前の日本では狂犬病が全国的に蔓延していた歴史があります。数値的には1924年には3524件の発症数が確認されたらしい。ヤバい。[3]

そこから多数の放浪犬の捕獲、殺処分、ワクチン接種を国を挙げて行ってきた結果、狂犬病の発生件数は1950年頃より激減し、1957年を最後に動物における日本国内の狂犬病発生は確認されていません。東京五輪を控えてた戦後の日本は対外的な意味も含めてめちゃくちゃ頑張ったのです。

1957年以降の日本における狂犬病の発生例は全てがヒトにおけるもので、これら全てが海外に渡航中にイヌに噛まれ、日本に帰国後に狂犬病を発症したいわゆる「輸入症例」です。一番最近だと2020年にフィリピンでイヌに噛まれた方がお亡くなりになられています。[4]

 

まとめ
- 日本は狂犬病清浄国だよ
- 過去には全国的にめっちゃ蔓延してたけど頑張って無くしたよ

 

狂犬病清浄国、オーストラリア

オーストラリアは現在、狂犬病清浄国として世界に認知されています。この国は世界的に見ても結構特殊で、そもそも過去に狂犬病が発生したことの無い国です。そもそも白人移民が入ってきたのがここ200年くらいの新しい国でそれまで国交が無かったことと、有袋類が生き残っちゃうような「大昔より大陸から隔離されてきた土地」なので狂犬病が侵入しませんでした。ディンゴと一緒に入ってこなくて良かった…。

オーストラリアにおいても帰国後に狂犬病を発症したいわゆる「輸入症例」は存在します。これも全てが海外に渡航したヒトがその後オーストラリアに帰国してから発症したものです。

 

まとめ
- オーストラリアは狂犬病清浄国だよ
- 過去に一度も狂犬病が蔓延した歴史の無い国だよ

 

日本とオーストラリア、清浄国としての違い

このように日本もオーストラリアも同様に「狂犬病の清浄国」というカテゴリに入っているわけですが、歴史的観点を含めると両国には大きな違いが一つあります。それは、オーストラリアは一度も狂犬病が蔓延したことのない国なのに対して、日本は過去に全国に渡って狂犬病が蔓延していた国、という部分です。

 

この違いは地味に大きくて、日本国における狂犬病の現在は、過去60年以上も狂犬病の発生が確認されていないんだから、多分おそらく狂犬病は撲滅されたのであろう、という統計学的、そして希望的観測に基づいている部分です。所謂「悪魔の証明」という哲学的な問題に直面してしまうのですが、要するに日本国は狂犬病が絶対に国内に存在しない、とは言い切れない立場にあるわけです。

 

現状、日本で発生が見られないのは「都市型狂犬病」と呼ばれる、人と同じ生活圏に暮らすヒト・イヌ、ネコ・家畜などの狂犬病発症例です。一方で狂犬病にはもう一つ、「森林性狂犬病」という野生動物が感染源となるタイプが存在します。そして森林性狂犬病は人の目の届かない所で受け継がれていることが多いため気づかれにくい特性があります。イヌや家畜が典型的な神経症状を見せれば獣医師や行政の目につきやすいですが、野生動物が森の中で発症しても簡単には気づけません。

 

日本の山奥に暮らす野生動物が1900年頃から代々こっそりと狂犬病ウイルスを受け継ぎ感染を続けており未だに人里離れたところでウイルスを保有し続けている、という可能性は永遠に残っているのです。日本に生息する全ての野生動物を一匹残らず捕まえて発症しないかどうかの経過観察をしなければ「感染していない」とは言い切れないわけで、そしてこれを実行するのは不可能なので、悪魔の証明問題ですね。

 

この点において清浄国オーストラリアの国内における病原体保有の確率は日本のそれよりも更に数段低くなるわけです。過去に発症例が存在しません。

 

 

たとえ話:毒水コップ

 

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たとえ話をします。コップAコップBを用意します。

 


・まずコップAには綺麗な水しか入れません。
・一方で、コップBには水を入れた後に、ごく少量でも口に含んでしまったら死んでしまう猛毒を混ぜます
・次にコップBの中の液体を半分捨てて、捨てた分だけ綺麗な水を足し、また半分捨てて、捨てた分だけ綺麗な水を足し…という作業を何回も繰り返します。

 

 

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コップBの水を何回も半分ずつ入れ替えていくと、見た目では透明で綺麗に見える水に戻りました。

 

 

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・ここに、事前に飲むことで中毒を防ぐことのできる万能薬があります。少しばかり苦いですが、安価でとても効果的なお薬です。

 

 

問1:貴方がコップAの水を飲むとき、このを飲みますか?
回答:飲む必要はありませんよね。コップAにはそもそも毒が入っていません。

 

問2:貴方がコップBの水を飲むとき、このを飲みますか?
回答:見た目は綺麗な水ですが、極僅かでも毒が残っていたら命に関わります。安くて効果的で実績のある薬は飲むべきです。

 

ではここで、

コップを国に、

水を動物に、

猛毒を狂犬病に、

そして万能薬をワクチンに置き換えてみます。

 

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オーストラリアはコップAです。過去に一度も狂犬病が蔓延していない、そもそも毒が入っていないコップです。清浄国の特徴である「透明な水」が入ってます。この水の安全を守るには「外から毒を混入させない」に注力するだけで大丈夫です。

・しかし日本の場合はコップBです。こちらもコップの見た目は清浄国の特徴である「透明な水」ですが、過去には猛毒で満たされていました。本当にこのコップの中身はすべてが綺麗な水ですか?もしかするとごく少量の毒が残っていませんか?
コップBで中毒を防ぐには2つの可能性を考える必要があります。一つは新たな毒を外から混入させないことですが、もう一つ、コップの中に毒が残っている可能性も拭えません。

 

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・コップBのように、過去に一度でも汚染された、という事実はとても重くて、そして大変なことなのです。
・たとえ60年以上もの間、狂犬病が発生していなかったとしても、国内に狂犬病が残存していない証明は誰にもできないため、完全に信用もできません。山奥で野生動物が狂犬病ウイルスを受け継ぎ感染を続けており、未だに人里離れたところで病原体保有を続けている、という可能性は永遠に残っているのです。
・だから日本の場合はオーストラリアと同じように外部からの狂犬病侵入を阻止する他に、国内における病原体保有の可能性を考慮し、予防策としてのワクチン接種が大事になります

 

 

まとめ
- オーストラリアは過去に一度も狂犬病が発生していないから国外からの侵入阻止に全力を注げばいいタイプの清浄国だよ
- 日本は過去に狂犬病が蔓延していたから国内におけるウイルス残存の可能性も考慮して侵入阻止以外にもワクチン接種で国内感染予防の徹底を続けるべきだよ

 

近年まで清浄国だった国、台湾

そんなこと言ったって60年も狂犬病が確認されてないなら日本国内に狂犬病なんて無いに決まってんだろ、常識的に考えて

 

とか言いたい気持ちも勿論分かるんですよ?だって何度も言ってるけど悪魔の証明だから、この先も永遠に「無いとは言えない」という状況が続くわけですからね。でもさ、上記の懸念をそのまま現実にしちゃった国だってあるのさ。だから油断すんじゃねぇぞと。

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例えば台湾ですよ、台湾。地理的にも日本に近く、同じ島国で、同じ時期に狂犬病対応策を始めて、同じ時期に狂犬病清浄国になった国です。

 

台湾も1900年初期には狂犬病が蔓延していた国でした。1951年には死者238人(つまり動物間感染はこれの比じゃない)を出すほどの問題になり、1956年より飼い犬のワクチン接種、放浪犬の捕獲、殺処分といった狂犬病予防策が実施されました。[5]

この際、日本の狂犬病対応策も参考にされていたみたいですね。

1961年にイヌで狂犬病が確認されたのを最後に、徹底的な予防策を講じた台湾ではイヌとヒトにおける狂犬病が発生しなくなり、台湾は「狂犬病清浄国」と認められるようになりました。日本の農林水産省(動物検疫所)が認める指定地域にも含まれていた、狂犬病の存在しない国だったのです。

 

が、2013年に事件は起こります。この年、台湾は国内における病原体調査の項目に「狂犬病」を含むように決めたのです。清浄国故に本来は国内には存在しない筈の狂犬病を、わざわざお金をかけて検査しようと決定したわけですが、これで衝撃の事実が判明します。

2013年の6月、一匹の野生のイタチアナグマの死体が国立台湾大学に持ち込まれました。検死解剖の結果、重度の脳症を確認するも、一般的に発症の原因となり得そうな病原体が見つからず、試しに狂犬病PCR検査を行ってみると陽性結果が出ました。確認のために行政の検査所に検体を送って再検査してみるとやはり陽性結果が出たため、2013年7月17日、台湾は国内において52年ぶりに狂犬病が発生したと宣言しました。

 

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シナイタチアナグマ [Николай Усик / ttp://paradoxusik.livejournal.com/, CC BY-SA 3.0]

その後の徹底的な調査で台湾は2014年までにイタチアナグマ423頭における狂犬病ウイルス感染を確認、またイタチアナグマとは別にハクビシン1頭、ジャコウネズミ1匹、そして野生のイタチアナグマに噛まれた後で神経症状を発症したイヌ1頭からも狂犬病ウイルスを確認しました。[6]

 

更に、台湾のイタチアナグマ保有していた狂犬病ウイルスの遺伝子構造を検査してみたところ、特異な地域性が見られることも判明。これらの遺伝子構造は近隣国(中国・フィリピンなど)で見られる狂犬病ウイルスとの近位性が見られましたが、台湾国内で複数株の地域差が顕著に見られたため同時期に単一のウイルスが国内に侵入した可能性が極めて低いことが分かりました。つまるところ、台湾のイタチアナグマは2013年頃に海外由来の狂犬病ウイルスに感染したのではなく、100年以上前から保有していたと考えられています。[7]

 

台湾は日本の九州と同じくらいの国土面積です。これだけ小さい国土でも森林性狂犬病が52年に渡って見つからずに隠れていたことを考えれば、その10倍の国土面積を持ち、国土の67%が森林で覆われている日本国において「60年以上も見つかってないんだから日本に狂犬病なんて無ぇーよ」と根拠もなく安易に言える人には平和ボケの度合いに驚嘆します。ちなみに日本では台湾のように、OIE(国際獣疫事務局)が薦める野生動物の狂犬病サーベイランスは行われておりません。[10][22]

 

まとめ
- 台湾は1961年から52年間にわたって「狂犬病清浄国」だったよ
- でも2013年に野生のイタチアナグマから狂犬病ウイルスが見つかったよ
- アナグマは100年以上も前からひっそりと狂犬病ウイルスを保有してたっぽいよ
‐ 森林性狂犬病は清浄国でもリスクとなり得る実証だよ
‐ 日本は野生動物の狂犬病サーベイランスは基本的に行っていないよ

 

オーストラリアの狂犬病っぽい事象

さてここまで再三に渡ってオーストラリアと日本という2つの狂犬病清浄国について語ってきましたが、果たして本当にオーストラリアには狂犬病が発生したことは無いの?という問いにお答えします。

 

結論から書くと、散発的且つ限定的に、狂犬病っぽい事象が起きたことがあります。確定診断が出ていないのでどれも「狂犬病疑い」で止まっているため公式には狂犬病が発生していないのですが、症例を読んでいるとどれも「おぉ…」となるものばかりのため中々に面白い歴史です。ご紹介します。

 

1866年10月~67年2月 タスマニア

タスマニア州はオーストラリアの右下に位置する本土とは海を隔てた島です(とはいっても北海道くらいのデカさですが)。白人移民が入ってきたのが1800年初頭で、本格的な街の建設と人口増加が始まったのはおよそ1830年頃。そんな新しい開墾地状態であるタスマニア島で、1866年の夏に奇妙な事件が数件起きました。[8]

 

ケース①:1866年10月~11月 タスマニア州ホバート

州都ホバートにおいて「病気に侵されてるように見える野良犬」が土や藁を噛んでいる様子が目撃された。狂暴性が見られ、突如として街中で厚着の子供や女性を襲うも怪我は負わせなかった。この野良犬はその後、近隣の家に繋がれていた飼い犬を襲い、そこで殺処分された。

襲われた犬の飼い主はイギリスから移住してきており、彼曰く「あの野良犬は本国で見た狂犬病の犬にそっくりだった」と供述した。

襲われた犬はその後に狂乱したのち、死亡した。

 

ケース②:1867年1月17日 タスマニア州ホバート

イカーという男性の飼い犬の態度・様子が急変し狂暴化したことに気づく。それまで温厚な性格だった飼い犬が、急に石や土を噛むようになり、近くを通る全ての犬を襲おうとするようになった。

1月19日、近所の子供がこの犬に襲われ下唇辺りに約3cmほどの裂傷を負う。この裂傷はS医師によって治療され、外傷はすぐに完治した。

1月21日、ベイカー家の飼い犬が死亡する。

2月11日から12日にかけての夜、犬に襲われた子供の様子が急変し夜中に気が狂ったように叫び始める。その後3日間にわたり激しい発熱、頭痛、幻覚症状に襲われる。2月28日には重症化し、改めて裂傷を治療したS医師によって診察を受ける。この際、S医師は狂犬病を鑑別診断に挙げ、彼の同僚の5人の医師にも意見を聞きこれに同意を貰う。子供は翌日に死亡した。検死解剖はされなかった。

 

ケース③:1867年2月5日 タスマニア州ホバート

モリソン牧場の敷地内に奇妙な野良犬が迷い込む。腹を空かせているように見えるが餌を与えても受け付けず、少しばかり放浪した後に牧場で飼育されている豚の鼻辺りを数回噛んで襲った。野良犬は翌日に死亡した。

およそ1週間後、襲われた豚が噛み傷を痒がる仕草を見せ始める。次第に異常な行動は増えていき、泥やフェンスに突進し始めたほか、食事を食べなくなり、狂暴性が増して近くにいた豚2匹の尻尾と指をそれぞれ噛み千切った。この豚は異常な症状を見せ始めてから5日後(野良犬に襲われて15日後)に死亡した。

豚に襲われた他2頭の豚については記録が残っていない。

 

1867年のタスマニア州の対応

ケース②にて子供の狂犬病を鑑別診断に挙げたS医師は、ホバート近辺における狂犬病発生の可能性を役所に通報しました。結果、子供の死亡から1週間以内には市役所主導の対応策が打たれ、野良犬の捕獲人員が増員され、野良犬の一斉捕獲が行われた。[8]

以後において狂犬病疑いの症例は全く報告されなった。

 

役人の即応、GJ。

 

狂犬病の可能性と現存する記録の問題点

上記した内容が果たして狂犬病であったのかを考えていきます。

狂犬病の可能性の示唆:
  • 登場する全ての犬において、症状が確認されてから数日で死亡している
  • イカー家における飼い犬の様子の急変(野良犬の態度と違い「急な変化」が記録されている)
  • 登場する全ての犬において、小物を口に含んだり食べることに抵抗を示している
  • 豚における噛み傷の痒み(典型的な症状)
  • 登場する全ての犬において、狂暴化と正常行動の急な入れ替わりが見られている
  • 全ての症例において感染経路がはっきりとしている
記録の問題点:
  • 1860年代の記録自体への信憑性。口頭で伝わった情報も多く、脚色等が含まれる可能性も大いにある
  • 犬、豚、ヒトの全ての疑わしい症例において確定診断(検死解剖)がなされていない
  • 死亡した子供を診た6人の医者のうち、1人の診断は「裂傷による破傷風」であった

 

結論:オーストラリアで狂犬病は発生していたか

上記の記録から考えると、多分1866年~67年の夏にオーストラリアのタスマニア州ホバートの町において数ヶ月間、限定的に狂犬病が発生していた可能性は高いと考えます。

ただしどの症例においても地域と期間がとても限定的であるため蔓延は防がれたものと考えます。蔓延が防がれたのは、運と早急な診断と役所の即応の賜物でしょう。

 

確定診断が出ていない以上、公的にオーストラリアで狂犬病が発生した事実は存在しません。あくまで「あったかもしれない」という話でしかありません。というわけで、憶測で語るオーストラリアという国はこうも言い換えられます。

(確定診断のある)狂犬病は一度も発生していない国
(大規模蔓延の)狂犬病は一度も発生していない国

 

まとめ
- 豪州のタスマニア島では1866~1867年に3件の「狂犬病っぽい事象」があったよ
狂犬病を示唆する事象だけど、どれでも確定診断が出ていないので憶測だよ
- どれも1つの町で、4ヶ月の間に起きて以来、続報が無い限定的なものだよ
‐ 公的には狂犬病は発生していないという見解のままだよ

 

オーストラリアの狂犬病っぽいウイルス

ちょっと脱線の話題なんで狂犬病にしか興味がない人は読み飛ばしていいです。

 

さてここまで公式にオーストラリアに狂犬病ウイルスは蔓延していないと書いてきたわけなんですが、実はオーストラリアには狂犬病に似たウイルスが常在しています。

 

そもそも狂犬病ウイルスとは何ぞや、っていうと、こいつは分類としてはモノネガウイルス目ラブドウイルス科リッサウイルス属に属するウイルスの1種ということになります。もはや呪文ですね。

そしてこのリッサウイルス属ってのは狂犬病ウイルスを含めて全部で14種類あり、そのどれもが人間に致命的な感染を起こすことのできるヤベー集団なのですが、その中の一つに「オーストラリアコウモリリッサウイルス(Australian Bat Lyssavirus、ABLV)」というウイルスが存在するのです。

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Australian Bat Lyssavirus(ABLV)の電子顕微鏡写真。©CSIRO

ABLVとは何者か

オーストラリアコウモリリッサウイルス(ABLV)とは名前の通り、オーストラリアに棲息するコウモリを宿主としているリッサウイルスの仲間です。1995年と近年になって発見されたウイルスで、当初は別の人獣共通感染症(ヘンドラウイルス)の監視目的で野生のコウモリの保有病原体を調べていたところ、とんでもないことにリッサウイルスが様々なコウモリから次々と見つかったという副産物的な発見でした。[9]

 

オーストラリアに棲息するオオコウモリの仲間全4種の他、キバラツームコウモリにおけるABLVの保有も確認されており、現状ではオーストラリアにおけるコウモリ全てにABLV保有の可能性アリと考え、気を配るように通告されています。

 

ABLVに感染したコウモリは比較的長い潜伏期間を経て、狂犬病によく似た症状を発症します。狂乱や狂暴化、普段と違う声を上げたり口をしきりに動かす、飛行能力の低下や脚の麻痺、最終的には痙攣発作や突然死へと発展していきます。[9]

 

常にサーベイランスが行われており、現在では野生のコウモリのウイルス保有率は1%ほどと概算されていますが、これは人間に触れる機会の多い「弱ったコウモリ」が検査に回される可能性が高いため、現実のコウモリ人口プール内での保有率は更に低いのではないかとされています。[16]

 

 

他種へのABLV感染例

コウモリを宿主としているABLVですが、これまでにウマで2例、ヒトで3例の感染が確認されています。

ヒトの感染例①

1996年11月、野生動物保護を行っていたアニマルキーパーの39歳女性が保護下にあったキバラツームコウモリに数回に渡り噛まれた。それから約4週間後、経度の倦怠感を訴え病院に入院後、ヒトの狂犬病に似た症状を発症し、発病から20日後に死亡。検死解剖の結果、脳からABLVの存在が確認された。[11]

ヒトの感染例②

1996年8月、家族で屋外バーベキューをしていたところ、突如として飛来した野生のオオコウモリが参加していた子供の背中に張り付いた。当時35歳の女性がこれをどける際に左の小指に軽い噛み傷を負った。女性はその後、病院で破傷風の解毒剤と抗生物質を処方された。27ヶ月後の1998年11月、女性は狂犬病に似た症状を発症し入院、19日後に死亡した。検死解剖の結果、脳からABLVの存在が確認された。[12]

ヒトの感染例③

2012年12月、発熱と食欲不振で8歳の男児が入院。急性膵炎の仮診断で治療を進めるも錯乱や痙攣、激しい腹痛などを訴え始めた。様々な検査の結果、リッサウイルスの抗体検査で陽性反応が見られ、聴取の結果、男児の妹の証言により8週間前に左前腕をコウモリに引っかかれていたことが判明した(ここまで誰もこの事実を知らされていなかった)。ミルウォーキープロトコルを試みるも改善は見られず入院26日目には脳死、28日目に抜管後死亡した。[13]

ウマの感染例

2013年5月、同じ放牧地内にいた2頭のウマがほぼ同時期に後脚の運動失調を示した。運動失調は急速に悪化し、発症から2日後には横臥したまま泳ぐように脚をバタつかせ、狂乱状態に陥ったため安楽死処置が施された。検死解剖の結果、脳からABLVの存在が確認された。[14]

 

イヌ・ネコへの感染実験

3匹のネコと5頭のイヌに試験的にABLVを感染させた実験結果では、感染実験に参加した全てのイヌとネコが3ヶ月の実験期間を生き残り、且つ、ウイルスの排出も見られなかった。[15]

ネコは感染実験開始から11~42日の間、若干の行動の変化(威嚇行動や普段行かない場所へ登るなど)が見られたがその後は安定した。3ヶ月後の検死解剖では脳内にABLVの痕跡は残っておらず、抗体値の上昇が見られた。[15]

イヌは感染実験開始から9~12日後、5頭中2頭のイヌには感染箇所に対する痛みを示す反応が見られた。実験開始から2~3週間後には、5頭中3頭にかなり軽度だが典型的な狂犬病の症状(後脚の運動失調、感染箇所の痒み)が見られたが、これらは1~2日で治まった。3ヶ月後の検死解剖では脳内にABLVの痕跡は残っておらず、抗体値の上昇が見られた。[15]

 

ABLVは公衆衛生のリスクか

(主に筆者が論文読むことに夢中になってしまい)長々と書いてきましたが、現行のオーストラリアではABLVの存在による狂犬病ワクチン接種の義務などは発生していません。これは総合的にみてABLVがもたらす公衆衛生へのリスクは低いとみなされているからです:

  • 宿主がコウモリである点。ヒトとコウモリが関わる機会が少ないため、そもそもヒトが感染しうる状況が稀である。これまでのヒトにおける発症例も事故的な側面が強く頻発するものではない。
  • コウモリのABLV保有率が1%未満と低い点。ただしこれに関しては今後もサーベイランスが必要であり、保有率の上昇が認められた場合は対応を改める必要が出てくる可能性もある。
  • コウモリ→他種感染において、ABLVに感染したコウモリ以外の動物からABLVの排出が確認されていない点。コウモリ以外の感染源が現状では確認できていない。
  • コウモリ→イヌ/ネコ感染による重症化が確認されていない点。また、試験的に感染させたイヌやネコからABLVの排出が確認されていない。
  • 予防的、及び感染早期における狂犬病ワクチン投与が有効な点。コウモリに噛まれるという稀な状況が危険であるという教育が行き渡れば発症の予防が可能である。

 

ただしまだ新しく発見された人獣共通感染症であり、発症すれば致死率100%の病気なため、今後の事例や検証によって対応が変わってくる可能性は大いにあります。[17]

 

まとめ
- 豪州にはABLVという狂犬病ウイルスの仲間が存在するよ
‐ ABLVの宿主はコウモリだから、ヒトとは関わりが少なく感染は稀だよ
- ABLVに感染したイヌ・ネコ・ウマからウイルスが排出された痕跡が無いよ
‐ 公衆衛生リスクは現状では軽微だとされているよ

 

オーストラリアにおける狂犬病ワクチン接種

話を狂犬病ウイルスに戻します。

狂犬病が蔓延したことのないオーストラリアですが、国内で飼育されているイヌやネコに狂犬病ワクチンの接種義務は存在しません。これは上記でコップに例えている通りなのですが、オーストラリアにおいて狂犬病対策は防疫、つまり国内に『持ち込ませない』ことに全力を注いでいれば良く、国内に感染源が隠れていることを危惧していないことが主な理由になります。

 

義務は存在しないというより、そもそもオーストラリアでは理由無く狂犬病ワクチンをイヌに接種することは認められていません。これはオーストラリア農薬・動物用医薬品局(Australian Pesticides and Veterinary Medicines Authority、APVMA)が狂犬病ワクチンに対してMinor use permit(限定的使用許可)しか認可していないためです。[20]

何故本格的な使用許可が認可されていないのか、その詳細な理由は調べてみても見つからないのですが、Minor use permitの認可が下りる理由の一つとして、

use on a minor crop, animal or non-crop situation, where no registered products exist for the proposed use, and use of the product would not produce sufficient economic return to register the product

(限定的な植物や動物に対し使われる場合で、他に認可されている製品が本用途で使用できず、且つ、本製品を使うに辺り正式な認可を下すほどの経済効果が期待できない場合)[21]

みたいなことが書いてあるところをみると、もしかすると(あくまで筆者の憶測にすぎませんが)オーストラリアでは狂犬病予防接種の使用率が低すぎて認可するほど使わないし経済効果も無いから限定的許可で良くね、みたいなノリなのかもわからんですね。なんという逆利権状態。

 

では具体的にどういった状況でオーストラリアでは狂犬病ワクチンが使用でき、どういった状況で使用できないのでしょうか。

 

使用できる条件は大まかに2つあります。

1つが海外への輸出・移送準備にある動物へのワクチン接種。これは到達先である輸入国が狂犬病ワクチン接種歴を求めるため、それに合わせるために狂犬病ワクチンの限定的使用が許可されます。

もう1つがコウモリと接触し、ABLVに感染した可能性のある動物(ブタ以外)への暴露後ワクチン接種。例えば道端で死んでいたコウモリの死骸で遊んでいたイヌ、などがこれに該当します。発症前の早期の段階で狂犬病ワクチンを接種することで十分な予防効果が期待できるABLV感染ですが、これに関しては「感染の可能性」だけで限定的接種が認められています。

これら2つに該当しない場合、オーストラリアでは動物における狂犬病ワクチンの接種は認められていません。「コウモリが沢山住んでいるから」「とりあえず狂犬病が怖いから」だけでは認められないのです。[20]

 

よくビックリされるんですが、筆者も臨床獣医師になって以来、一度も狂犬病ワクチンを動物に投与した経験がございません。そもそもうちの動物病院にはストックしていないのです。それくらい縁が無い。

 

よって、万が一オーストラリアに狂犬病が侵入した場合、国とAPVMAはまず「狂犬病ワクチンの国内使用のための緊急使用許可」を即時下して、感染が疑われずともリスクの高い動物へのワクチン使用を認める必要があるのです。面倒くさい。

 

まとめ
- 豪州ではイヌやネコに狂犬病ワクチン接種は行われていないよ
‐ 国が一般使用許可を出していないから、むしろワクチンは使用禁止だよ
- 唯一使える場面は、輸出か、コウモリがABLVを媒介した可能性があるときだけだよ
‐ 使用禁止の主な理由は「許可下すほど経済効果ないから」かもしれんよ、知らんけど

 

オーストラリアへの狂犬病侵入の可能性と経路

オーストラリアの狂犬病に対する防疫体制の主軸となるのが狂犬病ウイルスの国内への侵入防止です。オーストラリアは日本と同じように四方を海に囲われている幸運な国なため、主な防疫は空路と海路による侵入阻止に注力されます。

正規の動物輸入と対応

オーストラリアへイヌやネコを輸入する際には輸出元の狂犬病対策状況によってグループが別れており、このグループ別に対応が異なります。[18]

 

グループ1:ニュージーランドノーフォーク島など

→ 狂犬病清浄国であり、一度も狂犬病が発生していない国です。輸入の際に国からの許可証の発行の必要がなく、検疫所での係留も必要ありません。

 

グループ2:日本、ハワイ、トンガ共和国、シンガポールパプアニューギニアなど

→ CDCが狂犬病清浄国と認めている地域の一部が該当します。輸入の際に国からの許可証の発行が必要で、来豪の際に検疫所にて係留があります。

 

グループ3:イギリス、アメリカ本土、EU加盟国の一部など

→ 狂犬病の発生が無い、もしくはしっかりと制御されている国が該当します。輸入の際に国からの許可証の発行が必要で、許可証の発行に必要な各種検査やワクチン接種の項目がグループ2よりも多いです。来豪の際に検疫所にて係留があります。

 

上記のグループに属さない国:

→ オーストラリアへの直接的なイヌ/ネコの輸入は認められていません。これらの国からオーストラリアにイヌやネコを連れてきたい場合、グループ2かグループ3に属する国を通してオーストラリアに輸入する必要があります。

例えばフィリピンからオーストラリアにイヌを連れてきたい場合、まずはフィリピンから日本にイヌを輸送し、日本の法律に従って検疫所で過ごし、合計で6ヶ月の日本滞在歴を経た後、グループ2からの輸入としてオーストラリアに連れてくることが可能になります。要するに日本を防疫のクッションにしているわけです。ありがとう日本。

 

海外のイヌやネコの輸入に関しては各国で色々な防疫措置がありますが、オーストラリアのそれは特に厳しい印象です。清浄国とされる日本国も完全な信頼が寄せられているわけではなくグループ2扱いになっています。

 

脱線:正規輸入の許可を無視したらどうなるか

2015年、パイレーツ・オブ・カリビアンの撮影のためにオーストラリアを訪れていた俳優のジョニーデップ夫妻が、自家用ジェット機に乗って愛犬2匹を連れてきていたことが後に判明。入国の際に入国カードには虚偽の申告がされていたために動物密輸罪に当たるとされる事件がありました。イヌの密輸が発覚した際、オーストラリア政府が提示した選択肢は「72時間以内にイヌを連れて出国(退去)か、安楽死」であり、世界的なスターに対する厳しい要求に批判も殺到。2万人に及ぶ特例措置を求む署名も集まりましたが、当時の農相はこれらに対し「世界一セクシーな俳優だからと特例を認めて法律を無視したら、これはもう全ての人類に特例を認めざるを得なくなる」と一蹴しました。俳優も一般人も同じだろう、ということですね。

最終的に2匹のイヌは同じ自家用ジェットで本国アメリカに帰国しましたが、莫大な費用を被ったほか、妻のアンバー氏は「オーストラリアになんか来るか」などと当初は怒りを露わにしていましたが、虚偽文書作成罪と検疫法で法廷に立つ頃にはオーストラリア政府経由で謝罪声明の動画を公開しました。

まとめ
- イヌ/ネコの正規輸入は輸出元の国の狂犬病の危険度によって違うよ
- 狂犬病が制御できていない国からは直接連れてこれないよ
- 世界的有名人であろうが違反者には厳格に対処してくるし普通に訴えてくるよ

 

不法入国者のリスク

現状のオーストラリアにおける防疫体制は堅固であり、これをすり抜けて狂犬病感染個体が国内に侵入し病気を蔓延させるリスクは極めて低いとされている中、オーストラリアで一番警戒されている狂犬病侵入ルートは不法入国者の連れてきた動物からの感染拡大です。[19][20]

オーストラリアの国土は四方を海に囲まれてはいますが、その北部にはすぐ近くにインドネシア領パプアニューギニア領が存在します。そして特にパプアニューギニアとの間にはトレス諸島という大小さまざまな島が点在しており、やろうと思えばこの島伝いに小型のボートやヨットなので個人が国を渡れてしまうのです。

下がオーストラリア北東部、上がパプアニューギニア。とても近い。

正規に連れ込まれたイヌやネコに対しては係留やワクチンの接種、抗体価検査などで防疫ができますが、不正規ルートで入って来た密入国者と密輸入動物に関してはそこまで制御が利きません。こればかりは国境警備隊や地元警察の奮闘に頼るしかないのです。

パプアニューギニアは現在まで清浄国のステータスを守ってきています。インドネシアは近年、それまで蔓延の歴史が無かったバリ島やフローレンス島で次々と狂犬病が発生しており防疫体制の杜撰さが垣間見れることから、インドネシア国境が陸地で面しているパプアニューギニアへの狂犬病侵入をオーストラリアは危惧しています。パプアニューギニア狂犬病対策においてはいわゆる緩衝国なので、ここが陥落しないようにオーストラリアは国益を投じてインドネシアパプアニューギニアにおけるイヌのワクチン接種や野犬管理、狂犬病知識の教育などの事業を推進しています。一見すると慈善事業なのですが、その実ちゃんと国益につながるんですね。

 

まとめ
- 不法入国者の連れてきたイヌから狂犬病が蔓延することを警戒してるよ
- 隣国パプアニューギニアの清浄国ステータスを守るよう努めてるよ

 

狂犬病侵入の際の対応マニュアル

では仮に、もしもオーストラリアに狂犬病ウイルスが入り込んでしまい、これが蔓延した場合はどうするのか。各国にはそれぞれ特定家畜伝染病防疫指針と言われる対応マニュアルみたいなものがありますが、家畜伝染病ガチ勢のオーストラリアにもさまざまな伝染病の対応策をそれぞれ記したAUSVETPLANという指針が存在します。今回はその中にある「AUSVETPLAN Disease Strategy Rabies (2011)」と「AUSVETPLAN Response Strategy Lyssavirus (2021)」を元に狂犬病発生時の対応をザックリとみていきます。[19][20]

これ、それぞれ63pと93pに渡るマニュアルなんで、本当にザックリとだけね…。

 

animalhealthaustralia.com.au

 

狂犬病侵入 - 検知までの動き

仮に狂犬病ウイルスが侵入した場合、まず一番最初にこれを検知するには発症した個体を診た現場の獣医師が狂犬病を鑑別に上げ、適切にこれを検査しなければなりません。鑑別に上がる個体は神経症状及び行動の変化が見られる全ての動物種、と記載されており、これはイヌの他、例えば人間を恐れなくなった(行動の変化が見られる)野生動物すらも含まれています。

狂犬病が疑われた個体には、①安楽死、②14日間の隔離と経過観察のどちらかが採用され、死亡が確認された際には直ちに神経組織(脳)の検体をラボに送って狂犬病の抗原検査を行い確定診断を目指します。この際、Biotype(狂犬病ウイルスの『型』)まで把握することが非常に大事と明記されています。このバイオタイプを把握することでウイルスの侵入経路の予測ができ、初動の対応が変わってくるためです。

超余談ですがオーストラリアは世界でも珍しい、動物感染症専門のBSL-4施設(一番ヤバい病原体を扱っていいバイオハザードかかってこいや的な研究所、日本ではヒトの感染症を主に扱う国立感染症研究所しかBSL-4は稼働してない)まで持っている国で、人獣共通感染症や動物感染症には国家総出で本気です。

 

AUSVETPLANにおいてもこの初動がある程度は遅れるであろうことは考慮されており、散発的な症例が関連した状態で数回起きるか、軽度の感染爆発が起きた状態でないと発見は難しいであろうと予想しています。つまり、よほど疑わしい状況を除いて、1~2匹が神経症状を見せている程度ではわざわざ致死処置を行った後に頭骨を開いて脳を取り出し、本来オーストラリアには存在しないはずの狂犬病を疑って研究所にサンプルを提出するという状況は現実的ではないからです。これが例えば限定的な地域で何匹もの動物が同様の状態にあったり(軽度の感染爆発)、直近で亡くなったイヌに噛まれたヒトを含む別の動物が神経症状を発症したり(関連性の可視化)していないと鑑別には上がり難いであろう、と考えられているためです。

 

まとめ
- 神経症状や行動の変化が見られる動物の死後に脳を検査して発見するよ
- 発見までの初動はある程度遅れると考えられているよ

 

初動① - 動物を定義する

狂犬病ウイルスの侵入が確認された時点において、関連している動物は以下のどれかに定義され初動対応の戦術プランに活用されます。

  • Confirmed case(確定事例)- 検査の結果、陽性が認められた事例(致死処置後)
  • Infected animal(感染動物)-  確定事例に関連しており狂犬病の症状を発症している生存中の動物
  • Suspect animal(疑わしい動物)- 狂犬病発生地域に関連していないが神経症状を発症している生存中の動物
  • Dangerous contact animal(危険度の高い動物)- 過去に感染動物に関連しており狂犬病に感染している可能性が非常に高い動物。
  • Trace animal(痕跡動物)- 狂犬病発生地域に関連しているが無症状の動物
  • Susceptible animal(感染しやすい動物)- 狂犬病に感染しやすい動物全般、イヌ・ネコ・フェレットなどが該当

 

まとめ
- 地域や症状、地域などの要素で全ての動物は狂犬病リスクを定義されるよ

 

初動② - 地域を定義する

狂犬病ウイルスの侵入が確認された時点において、関連している地域は以下のどれかに定義され初動対応の戦術プランに活用されます。これを定義するのは該当する州のChief veterinary officer(CVO、主席獣医医務官)です。

  • Infected premises, IP(感染地域)- 確定事例が出た敷地
  • Restricted area, RA(制限区域)- IP周辺の地域、範囲は定義されておらず感染している動物種や頭数、密度などで変わる、円で描かれる
  • Transmission area(伝染区域)- RA内にでも制限を強化しなければいけない際に定義される地域で円である必要がない
  • Control area, CA(制御区域)- RAと非感染地域の間に位置する緩衝地域、範囲は定義されていないがRAより広く対象となる、円で描かれる

 

まとめ
- 狂犬病が発生した感染区域を中心に、関連地域は段階的にリスクを定義されるよ

 

初動③ - 初期撲滅作戦

狂犬病の感染源は感染動物であるがために、初動においてまずはInfected animal(感染動物)とDangerous contact animal(危険度の高い動物)は致死処分になります。これは明らかな感染源をなるべく早く処理してヒューマンリソースを確保すること、人間の安全を確保すること、後期対処であるワクチン接種などを行うための時間を稼ぐことが主な意図です。致死処分を受けた動物は検査され狂犬病ウイルスの感染の有無を確かめられ、感染が確認された場合はこれらの動物に関連していた他の動物の定義が変わっていきます。

 

周辺動物に対する大規模な致死処分は、世界各国の過去の事例において『効果が薄く、大きな費用が掛かり、不評判である』として、執り行う場合には十分な検討が必要であると定義されており否定的です。否定的ですが完全な否定はされていません。

野生動物や野良人口の大規模殺処分に関しても否定的で、仮に殺処分を行っても別地域から動物が入って来て縄張り争いなどで喧嘩が誘発された結果、狂犬病の蔓延を助ける可能性もあるため逆効果になりかねない、と定義しています。ただし環境改善や生殖機能の制御は効果があるかもしれない、とも定義しています。

 

まとめ
- 感染した動物と、それに噛まれている動物などは初動の殺処分対象だよ
- 周辺地域に住む動物の大規模殺処分は推奨されていないよ
- 野生動物の殺処分なども推奨されていないよ

 

初動④ - 移動制限と検疫

初動の移動制限

確定事例が出た家/牧場/敷地はその時点でIP認定され、その周辺地域がRAとして定義されます。また、RAの外周はCAと定義され、レベルに応じた移動制限がかけられます。RA内においては全てのSusceptible animal(感染しやすい動物)に移動制限がかかり、許可制になります。

人間、車両、物流に対する制限は行われません。

許可証の発行

許可証の発行にはその動物の種類、数、識別番号(マイクロチップやイヤータグ)、所有者、連絡先、棲息住所、移動先、移動経路、狂犬病ワクチン接種状況、健康状態などを明記して署名する必要が出ます。

許可証にもレベルがあり、制限区域に応じて必要な許可証と、それに付属するルールが変わってきます。例えばワクチン未接種状態の動物をCAからRAに移動する場合、移動元から移動先まで一直線での移動、移動中にCAの外に出ること禁止、移動中の停車や降車(これは給油やトイレ休憩も含まれると思われる)の禁止などという厳しい条件が課されます(下の図を参照)。

また、基本的にワクチン未接種状態で危険度の高い区域から危険度の低い区域への移動は禁止されます。同様に、制限区域外からRAへの侵入も禁止されます。

 

移動制限区域における許可証システムの例。[19]
移動制限はどこまで制御できるのか

オーストラリアは政府が緊急事態と判断した際の行動制限が法律の元で割とガッツリできる国なのは2019~2021年のCOVID‐19で十二分に証明されたと思います。具体例を挙げるならば、必要最低限の外出しか許可されていなかったのに「ビーチで日光浴をしていた」(ジョギングなどの必要最低限の運動ではなかった)人に対して一般警察官経由で$1000(約10万円)の罰金をそこら中で課せてた国なので、狂犬病発生時にもガッツリと法律と警察組織で固めてくることは容易に想像できます。しかも動物の移動制限はヒトの移動制限よりも人権ないですからね…。

 

まとめ
- 確定診断がでた敷地を中心にRAとCAが区域指定されるよ
- 指定された区域内や区域間での動物の移動は制限され感染拡大を防ぐよ
- 移動のための許可証にもレベルがあり、制約が課せられるよ
- オーストラリアは移動制限やると決めたら本気でやってくるよ

 

初動⑤ - 痕跡調査とサーベイランス

検知された狂犬病ウイルスはそのBiotype(型)を把握され、この情報を元に痕跡調査が開始されます。そのウイルスがアメリカで見られる型であれば直近で空輸された動物やアメリカ経由で港に着いたコンテナ艦に疑いは向けられますし、そのウイルスがインドネシアで見られる型であれば密入国由来の疑惑が浮上してくるので可能性のある地域の洗い出しと検査が行われる、といった具合です。発生源の特定は、封じ込めのリソースをどの地域に割くかを見極める重要な情報です。

 

『感染動物』や『危険度の高い動物』に関しても発症前の過去14日間の痕跡調査が行われます。その動物がどこに訪れたか、その動物がいた場所に誰が訪れたか、外に居たか室内に居たか等を調査して、感染が広がった可能性のある個体や地域を特定していきます。こちらもCOVID-19の初動においてオーストラリアはとても優秀な痕跡調査実績があるので個人的には期待が持てます。

 

RA区域におけるサーベイランス調査も行われます。イヌやネコの飼育個体は役所に登録されているので、まずはこれを主体に戸別訪問調査が行われます。サーベイランスの主な目的は狂犬病症状の検知ですが、訪問と同時にワクチンの接種を行えることが望ましいとされています(こうすることで動物の所有者の調査受け入れも助長される)。

 

野生動物に対するサーベイランス調査機関も設置する必要が生じてきます。スポット調査、地上調査、航空調査(国土が広いので)などを駆使して、神経症状を見せる野生動物の捕獲及び殺処分と狂犬病抗原検査を行い、狂犬病が野生動物および野犬・ノネコなどにどこまで蔓延しているかの指標を得るのが目的です。主に野生動物保護団体やRSPCAの担当官、レンジャーなどがこれに任命されると考えられます。

 

まとめ
- 痕跡調査はウイルスの発生源や、感染個体の過去の行動域を探るよ
- 戸別訪問や野生動物調査を行って感染拡大状況を把握するよ

 

ワクチンの認可と接種

狂犬病蔓延防止において最も大事で効果的なのは狂犬病ウイルスに感染しやすい、媒介しやすい動物に対するワクチンの接種です。

先に述べたように、オーストラリア農薬・動物用医薬品局(Australian Pesticides and Veterinary Medicines Authority、APVMA)は平時における不必要とみなされる狂犬病ワクチンの接種は法的に認めていませんが、逆に言うと緊急時における使用は該当する州のChief veterinary officer(CVO、主席獣医医務官)の判断に一任されているため、緊急使用許可は一瞬で下ります。緊急使用許可が下りている間に一般使用許可への法改正が行われると思います。

 

初動における狂犬病ワクチン接種の優先度はRA区域における『痕跡動物』(区域内にいるが発症していない動物)が最優先接種対象に指定されます。イヌとキツネが一番最初に優先され、次に「Pets」と記載されているのでネコや他の肉食性愛玩動物が対象になると思われます。接種方法は集団接種と戸別訪問接種の2種類がありますが、特に初動のRA区域において集団接種は感染拡大リスクがあるため戸別訪問接種が推奨されます。

RA内にいる『痕跡動物』は、狂犬病を発症するか接種後抗体値が0.5IU/mLになるまで経過観察がされ、その後はワクチン接種済み個体として扱われます。

ワクチン接種個体は全てが把握され登録され、未接種個体群と区別します。最終的なワクチン接種対象がRA・CA内に留まるのか、その外である国内全頭なのかは明記されていません。

 

家畜やウマに対するワクチン接種は最初は行われませんが、サーベイランス調査の結果によって野生動物人口でのウイルス蔓延が示唆され、且つ、十分なワクチンが確保できている場合は接種対象に入ります。例外として動物園内の感染・媒介しやすい動物種に対する接種は積極的に行う可能性があります。

 

野生動物内における狂犬病定着が示唆され始めた場合、経口ワクチン投与の計画を立てる必要が出る可能性もありますが、これはその時点におけるエビデンスを調査して検討すること、と書かれています。

 

まとめ
- 豪州における狂犬病ワクチンの緊急使用許可は鶴の一声で下りるよ
- 指定された区域内のイヌ・キツネが最優先でワクチン接種を受けるよ
- 続いてネコなどのペットが接種対象、家畜やウマは優先度低いよ
- 国内の動物全頭が対象になるかは明記されてないよ

 

その他の記載

メディアを使った国民への説明と協力要請の必要性、致死処分の方法、非常時における予算や保証金などの話も出てくるが、もう既に長すぎるので割愛。あんまり狂犬病に関係ないし、そもそも筆者が疲れた←

 

 

 

豪州と狂犬病問題 ウソ・ホント 一問一答

最後のこのセクションでは、巷で噂されがちなオーストラリアの狂犬病事情や狂犬病対策に関するあれやこれをQ&A方式で記載していきます。このセクションに関しては筆者がネットの海で良く解らん論法を見つけたらその都度足していく可能性があります。主にトンデモ情報を特に調べずに吐いてる輩に対しての殴りセクション。長文読むのが面倒な人のためのまとめでもある。

 

Q: 豪州は日本と同じ狂犬病清浄国である

本当。アメリカ疾病予防管理センターが認める土着の報告が無い地域という定義において、日本もオーストラリアも狂犬病清浄国です。

Q: 豪州は日本と違って一度も狂犬病が蔓延した歴史がない

本当。オーストラリアは一度も狂犬病が蔓延したことのない国なのに対して、日本は過去に全国に渡って狂犬病が蔓延していた国であるという部分が微妙に異なる清浄国同士です。

Q: 豪州では一度も狂犬病が発見された歴史がない

公式見解としては本当。オーストラリアでは狂犬病の確定診断が出た歴史はなく、現行のサーベイランス調査でも確認されていません。ただし過去の事例では狂犬病を示唆するイヌ・ヒトの症例報告が限られた期間の限られた地域に存在します。

Q: 豪州や日本といった清浄国ではヒトは狂犬病を発症しない

ウソ。清浄国の住民でも海外渡航時に非清浄国で狂犬病を発症している動物に噛まれ、帰国後に発症することはあります。よって清浄国においても狂犬病によるヒトの死亡例は存在します。

Q: 半世紀以上も発生していなければ狂犬病は撲滅されている

ウソ。台湾では52年間以上もの間狂犬病が発見されず清浄国として扱われていたが、森林型狂犬病が野生動物に100年以上も存在していることが分かり清浄国認定から外されている。尚、このような事実が見つかる要因となった野生動物の狂犬病サーベイランス調査は日本ではアクティブに行われていない。

Q: 狂犬病ウイルスの仲間であるリッサウイルスは豪州に存在する

本当。オーストラリアコウモリリッサウイルス(ABLV)が存在します。

Q: ABLVは大きな公衆衛生問題を引き起こしている

ウソ。ABLVはコウモリによって媒介されますが、そもそもヒトとコウモリの生息域があまり被らないので、散発的なヒトの死亡例は存在しますが現行では大きな公衆衛生問題には至っていません。

Q: イヌにABLVが感染することで豪州国内に狂犬病が蔓延する可能性がある

ウソ。ABLVはコウモリ以外の生物による媒介が現行では確認されておらず、ABLVのイヌ→イヌ感染やイヌ→ヒト感染は考え難いとされています。

Q: 豪州では狂犬病侵入の早期発見のためにワクチンを打っていない

ウソ。早期発見目的ではなくオーストラリア農薬・動物用医薬品局(APVMA)が狂犬病ワクチンに対して限定的使用許可しか認可していないためです。

Q: 豪州では一般のペットに狂犬病ワクチンを打つこと自体が法律違反である

一部本当。APVMAが狂犬病ワクチンに対して限定的使用許可しか認可していないため一般のペットに理由なく狂犬病ワクチンを使用することは法律違反です。ただしペットの海外輸出前やコウモリに噛まれた後など、限定的使用はできます。

Q: 清浄国なので日本から豪州にペットを連れてきても検疫・係留はない

ウソ。オーストラリアが係留無しでのペット輸入を認めているのはニュージーランドノーフォーク島などのグループ1に含まれた国だけであり、日本はグループ2に含まれているため係留が必要です。

Q: 非清浄国からペットを豪州に輸入する際は長期間の係留が必要

ウソ。狂犬病非清浄国の多くの国からのペットの直接輸入をそもそもオーストラリアは認めていません。こうした国は一度、オーストラリアの認めている国(例:日本)に輸出し、その国の検疫・係留をクリアした後でオーストラリアに輸入・追加係留を求められます。

Q: 不法入国は狂犬病侵入の重大なリスクだ

本当。特にオーストラリア北部ではインドネシアニューギニアから島伝いに不正にイヌを持ち込まれることを危惧しており、防疫を強化しています。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、感染・発症した個体は致死処分される

本当。狂犬病を発症した動物の治療は推奨されず、安楽死処置を施すか14日間の経過観察が必要になります。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、発生源周辺のペットは全頭殺処分される

ウソ。特定家畜伝染病防疫指針であるAUSVETPLANには大量殺処分に関して『効果が薄く、大きな費用が掛かり、不評判である』と否定的であり、感染個体及び感染個体に噛まれた個体以外の致死処分は避ける方針を打ち出しています。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、動物の移動制限が課される

本当。感染拡大を防ぐ目的で該当区域内外の動物の移動は全て許可制になります。動物に対しての移動制限は発生しますが人間、車両、物流に対する制限は課されません。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、野生動物の無差別殺処分が行われる

基本的にウソ。無差別の殺処分は行われないがサーベイランス調査の一環として神経症状のある野生動物や変死体は捕獲・致死処分・検査の対象になります。無差別殺処分は効果が薄いか、逆効果になりかねないと明記してあります。

Q: 豪州で狂犬病が発生した場合、殺処分と移動制限が一番効果的な防疫だ

ウソ。狂犬病の蔓延防止で最も効力があるのはワクチン接種であると明記されています。狂犬病侵入時のワクチン接種ではまず該当区域のイヌとキツネが最優先され、次にネコやウマなどのワクチン接種が考慮されます。

 

 

 

参考文献の皆様

僕ぁ無駄に批判されるのは嫌なので相変わらず参考文献を色々貼っておきます。基本的に全て論文か各国政府機関のサイトです。順番は流石に整えるのが面倒だったので登場順にテキトーに並べますサーセン

 

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[2]

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[3]

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[21]

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https://apvma.gov.au/node/10886 [viewed on 20th April 2022]

[22]

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twitter.com

 

セキセイを 追いし内陸 三千里 ~4‐5日目~

 

 

4日目の行程、参考マップ。

 

7月18日 (4日目)

朝日が出る前の午前6時からスタート。

予定通りに日の出前の朝6時05分にテントを這い出す。気温は7℃だが寒さ的には問題なし。テントをキャラバンパークに放置したまま車に乗り込み、ハイビームが地平線の彼方に吸い込まれていく荒野へと車を走らせる。

 

日の出は0720。凍てつく内地を照らす朝日はとても暖かい。

早朝の給水のために水場に来るであろうインコ達を待ち伏せるために水場近くまで車で侵入して鳥達が行動を始めるであろう日の出を待つ。7時20分に日が出ると、ちらほらとオカメインコのペアが空を飛ぶ姿を確認できるが、そのままジッと待つこと8時までこれといった動きが無い。果たして3密を避けているのであろうか。ご時世である…。

 

キンカチョウ達は不定期に群れで現れてお喋りして消えていく。

いくつかの水場へと場所を変えて9時30分まで粘ってみるものの、期待していた「セキセイの群れ」はついに現れなかった。そもそもここまでの道中で内陸の旅なのにやけに緑が濃いなというイメージを持っていたが、どうやら今年は雨量が多くそこら中に水場が散発しているのであろうか、鳥達もわざわざ一ヵ所に集まって水分補給をする必要性が無いのかもしれない…。

 

散発的に小さな群れで現れるセキセイ達に挨拶する。

水場で大きな群れは形成していないが、散発的に小さな群れが地面に降りて採食をしていたりそのまま木に留まってお喋りしている姿を、まったりと帰路に着きながら観察する。

 

オカメインコも朝食タイム。

朝食タイムのセキセイ・オカメインコを堪能して、まったりとテントまで戻り、さくさくとテントを畳んで10時15分にはBouliaの町を出発。ここからは気づかぬ間に伸びに伸びまくってしまった1500kmという道のりを一気に帰る旅になる。

 

Bouliaにて給油、28.6L@239c/L。

燃料にはある程度の余裕があるが次の町が200km以上先であることを踏まえてBouliaのガソリンスタンドにて給油。ここまでくるとガソリンの値段も中々凄いが、途中で何かあってガス欠になると悲惨なので保険だと思うしかない。

 

道中はとにかく何もない。地平線しかない。

Bouliaを出て北東に進路を取る。まずはWintonの町を目指すが、道中は基本的には地平線しか存在しない。この地域にはMin Min(ミンミン)と呼ばれる発光体の目撃情報が多発しており宇宙人来訪のメッカ、みたいなノリでその手の人達には有名な土地だが、ぶっちゃけこうも何もない地平線の土地だと、そりゃ夜中に雷なり他人の炊いた火なり流れ星なりを見れば「なんか発光体が飛んでた!」となるだろうよなぁ…。

 

カンガルーの親子。運転手ワイ、カメラを構えるも無事ピンボケ。

道中特にハプニングは無し。強いて言うならカンガルーが登場。実は自分の住んでいる地域はワラビーばかりでカンガルーが生息していないので内陸で出会うと地味にテンションがあがる生物なのである。オーストラリアは広いからカンガルーやらコアラやらがいない地域も多いのよ。

 

Wintonで給油とソーセージの補給。

13時45分、Wintonの町に到着。ここは2年前の旅のほぼ最終目的地であった町。給油28.1L @239.9c/Lを行った後、前回も行った肉屋で晩飯となるソーセージを購入。前回は数種類の謎ソーセージが並んでいたが今回は2種類しかなかった。そのままドンドン北東へ進みHughendenを目指すことに。

 

Hughendenを目指している途中で走行距離は2000kmに達した。

WintonからHughendenの間にもコレといった場所は無いのでどんどん進む。何が怖いって、この道中には前回の旅以来ずっとビビり続けている極寒の地Corfieldが存在しているため、我々としてはとにかく距離を稼いでCorfieldよりも更に先にキャンプ地を構えたいのである。

 

Corfieldを通過。町唯一の酒場は閉まっていた。

道中期待していたエミューにも出会えず、つまりは道草を食うこと無く走り続けた結果とても良いペースでCorfieldのキャンプサイトを通過。この町唯一の、というかこの町を『町』として機能させているであろう酒場は閉まっていた。廃れていないであろうか…心配である。

 

ここをキャンプ地とする。

Hughenden到着が16時10分、そこから10分ほど町から離れたブッシュの中に車を突っ込んで、ステルスキャンプの構えに。他に人もおらず静かで平たい素晴らしい立地である。

 

テントを立てていると、

「おーい!ちょっとこれ見て!!」

との声が奥から聞こえてきた。

 

先住のヒトが居た形跡を発見。

なんだなんだと覗きに行ってみると、なんということでしょう、そこには人工物を一切使わず巧妙に組まれてカモフラージュされた原始的なシェルター()が放棄されているではありませんか。

「これ僕ら夜に喰われるんじゃないですかね」

「しかしすげぇ拘って作ってるなァ素人の仕事じゃない」

 

シェルターに飽きたのでソーセージを焼いて食らう。

何となく芸術点の高いシェルターを壊す気にはなれなかったので周りから薪を拾ってくると、既にソーセージをフライパンに投入している姿を確認。やりたいことをやりたい人がやりたいようにやる旅です。

 

 

ソーセージと白米を食べながら21時まで駄弁る。

ここの木は適度に乾燥しており煙も出さず大変よく燃えるため焚火がとても捗った。飯を食いながら「焚火を囲みつつの暇つぶしに一番最適なのはマシュマロ以外に存在するのか」という大変学術的な議題について討論した結果、干し芋、焼きとうもろこし、チーズ、ザリガニなども焚火で調理しつつ暇を潰すのに適しているのではないかという案が出た。そうこう言っている間に周りはどんどん暗くなり、流れ星を確認した僕は「仕事に戻りたくねぇ」と願い事というよりはただの愚痴を心内に唱えながら寝袋に潜り込んだのである。

 

 

7月19日 (5日目)

5日目の行程、参考マップ。

 

最終日の朝。既にオカメとセキセイの影はない。

のんびりと朝6時30分の起床。気温は12℃のとても平和な朝である。ゆっくりと朝の焚火を起こし、お湯を沸かして茶をしばいた後でテントを乾かしつつ畳む。最終日の行程は沿岸沿いを走るだけの単調でハプニングの期待も持てない消化試合である。

 

Hughendenにて給油。17.97L @216.9c/L。

Hughendenの町に少し戻って給油。無人給油所である。そのままCharters Towerを目指して東に進路を取り、勢いでTownsvilleまで午前中で一気に抜ける。最終日なので強行で良いのです。

 

フィッシュ&チップスの昼食。可もなく不可もなし。

Townsvilleまで戻ってくるとそこにはもう文明が溢れているので、なんとなく店の名前の響きで選んだフィッシュ&チップス屋で昼食。なんというか、可もなく不可もない味であった。リピートすることはないであろう。Fried Mars Barなるチョコバーを油で揚げたヤバ過ぎる食い物は、想像通りの味であった。

 

最後の給油。Inghamにて。

この旅最後の給油。沿岸まで戻ってきたのでガソリンの値段もようやく200c/Lを切った。最終的なガソリン給油量は129.14L、総額$288.33なり。ガソリンの高騰真っ只中であった。

 

総走行距離。

走行距離は2974.9㎞と、おおよそ3000kmの旅となった。当初は2000kmの予定だったので異様に増えている気もするが、誤差の範囲である()。鳥を探して頻繁に停まっていた割には燃費が20km/Lを超えていたのは流石。

 

 

飛び石でフロントガラスはちょっとひび割れた。

 

内陸は楽しい。やはり一定の期間毎で行くべきである。そこには夢と過酷さと野生動物達が詰まっているのだ。

 

転職をします。

転職します。まぁ職種は変わらず伴侶動物臨床獣医師ですが、職場を変えます。所謂ヘッドハンティングというヤツが、良いタイミングで嚙み合ったので受けてみようと思ったまでです。

 

 

転職という考えに至るまで

 

事の発端は一人のしがない獣医学生でした。今年の1月頃、夏季休暇間の研修としてうちの病院に訪れていた学生と何気なく就職の話になった時に、その学生が「意外とAquaculture(水産事業、養殖業)の仕事の給料が良い」みたいな話をしており、その流れで「求人情報見てみると面白いですよ!」なんて言われたのです。

 

その影響で、その時は暇な時間の合間もあったので本当に何気なく獣医師用の求人サイトを覗いてみたのですよ。そうしてみたらどうでしょう、一つとても面白そうなお仕事が掲載されていたのですね。

ちょっとその内容が気になったので本当に冷やかし程度に求人元に履歴書くっつけてメールを送ってみると、音速で返事が来ると共に「気になるなら今からちょっとインタビューみたいなことしよう!」との一文が。

 

求人への応募って様々な形があると思います。手書きで履歴書書いて証明写真つけて郵送してリクルートスーツを着て面接日に面接官に囲まれる中であれやこれや質問に答える、みたいなモンを想像される方には伝わりにくいのですが、オーストラリアの臨床獣医療現場における職探しってのは実にカジュアルです。求人情報を見つけて(大抵は口伝かネットです)、メールで履歴書(PDF、勿論手書きじゃない)を送り付けて、それが通れば「インタビューしよう」と言われるのです。そしてここはオーストラリア、国土が馬鹿みたいにデカい国なので一概にインタビューと言っても軽い気持ちで先方の職場に赴こうとしたら飛行機を調達しないといけません。複数の候補者を飛行機で呼び寄せるなんて無理があるので、こうした「インタビュー」も最近ではZoomなどのオンラインで行われます。

とにもかくにも冷やかし同然で送ったメールがあれよあれよと言う間にインタビューにまで発展してしまい焦っていたのが今年の2月です。仕事が終わり、家に帰り急いでPCのカメラをセッティングして4時間前に決定した突然のインタビュー。話すことなんて決まっていませんが、そこはまぁ取り繕っても仕方がない世界ですので自然体で臨んでみると、中々に好印象では無いですか。仕事内容も面白そうだし、先方の人柄もとても良さそうで楽しそうだな、というのが正直な感触でした。ここで事態は意外な方向に向かうのですが、インタビューも中盤というところで先方が訪ねてきたのが、

 

「で、もしうちで仕事するならいつから入れる?」

 

当たり前ですが先方は求人中の身です、戦力はすぐに欲しいですし、他の求人者達だって連絡待ちで待機しているので早々に答えは欲しいわけです。しかしこちらはこちらで今や肩書きだけだったとしても分院長の身、そう簡単に他のスタッフを放り出してホイホイと転職できるわけでもありません。いやまぁ法的にはできるんですけど。

 

「うーん…僕の下についてるスタッフもいますし…引継ぎも考えると3ヶ月は欲しいですけどねぇ…」

「だよなぁ…残念だけどウチはそこまで待てないからなぁ、今回ば別の人を採用することになると思うけどキミ面白いから何かあったら今後も連絡取っていいかい?(定型文)」

「アッハイ」

 

こうして、ちょっと面白い話から発展したインタビューは「今回はご縁が無かったルート」に無事分岐したのですが、実に得るものは多かったのです。この一件にて自分の中では以下の疑問点及び問題点が急浮上してきました。

 

  • 6年間同じ職場に勤めている点と、立場。

流石に日々に真新しさが少なくなってきているということに気づきました。また「分院長」という立場は良くも悪くも安定を求められており変化が生まれ難いという面も働いています。これまでは自分の上司にあたる院長や、経営体制自体がコロコロ変わっていたので新鮮味が続いていましたが、ここ1年以上は「安定」が続いており自分の成長が遅れていることを感じ始めました。

言っては悪いがなかなかの田舎であるため選択肢が少ないという問題点に直面しました。地域の求人はどこもあまり変わり映えしない伴侶動物臨床。研究職や特殊職、専門職などが皆無なためにこうしたものに気軽に触れる機会も無ければコネクションも生まれません。上記した仕事に関しても、距離的に近い場所であればパートタイムでとりあえずやってみる、などの選択肢も生まれたでしょうが、土地的に選択肢が制限されているという部分に気づきました。

  • 自分の価値観という点。

このまま伴侶動物臨床だけの継続で良いのか、というそもそもの疑問が生まれ始めます。勿論嫌いではないし面白い分野で毎日充実していますが、圧倒的な熱量を持って接することのできる分野は他に存在するとも感じます。少なくとも10年後も同じ環境で同じことをしている自分が想像できないことは確かです。

 

経営陣に直談判する

 

 

気付いてしまったからには善は急げです。グダグダと言っていても仕方がないので行動にうつします。2月のインタビューで主に気づかされたのは立場という問題点、選択肢の少なさという問題点、そして価値観の3点です。これらの問題点はそれぞれが中々に曖昧なので、これらをある程度ハッキリと明確化させようと思い立ち、上司にあたる本院長とエリアマネージャーにメールを送り三者面談のセッティングを求めました。普段あまりこうしたことを申さないからなのか、先方もこれをすぐに受け入れ3月1日にはミーティングが行われます。

 

「今日はミーティングのセッティングをありがとうございます。単刀直入にまず言いますが、今日は自分にそろそろ転職の意思があることをまず伝えるために集まっていただきました」

 

開口一番でまずこれを伝えました。問題点①である「立場」の明確化です。上記のインタビューにおいて自分の後ろ髪を引っ張った一つの要因が分院長という立場であり、これを直属の上司陣に「転職の意思がある」と今から伝えておくことで自らの立場を「安定を求められている分院長」から「そろそろ会社から離れるかもしれない分院長」に変えておきます。

これを伝えた時の院長の顔は印象的で忘れられません…あからさまにテンションが下がった悲しそうな顔をしており、自分は結構大事に思われていたのだなぁと実感すると共に申し訳ないという気持ちがこみ上げてきますが、

「そうか…お前が居なくなるのはとても悲しいが仕方がないことだ」

との返事をもらい感心しました。人柄的に怒られることはないとは思っていましたが、それでもある程度の引き留めや再考の懇願はされると覚悟していたので、あまりにあっさりと転職を意思を認められてしまい逆に出鼻を挫かれた感覚です。院長は本院と分院の両経営権の一部を持っているという面も含め、自分が辞めると人材・金銭的な損害は結構なものになる筈ですが、それでも予兆もないまま突き付けられた転職の打診に対して、第一声で僕自身の意思を真っ先に尊重できた彼は凄い人なんだ、と、改めて感じた瞬間でした。

 

「ちなみにこの転職意思については他の連中に言います?黙っておきます?」

「うーん、ここの3人だけの話にとりあえずしておいてくれる?」

「そうねぇ…」

「はい」

ここは少し気になっていたんですが、自分が転職の意思を表明すれば多かれ少なかれ病院チーム全体に不安と動揺が走ることが容易に想像できるような環境だったのです。首脳陣としてはやはり今から無駄に波風を立てても仕方ないという判断だったようで、この話は公開しないことに決まったのです。

 

 

しかし転職先も決まっていない状態で転職打診をザックリするためだけにこんな仰々しいミーティングはセッティングさせません。ここでもう一つ明確化させたい価値観についての話を続けていきます。

 

「で、転職の意思はあるのですがいつどこで何をしたいのか等は現状全く決まっておりません。現在の僕は僕自身の価値観(Value)を模索している最中であり、その過程で新しい環境や仕事に価値観を見出した場合に転職する意思があるという立ち位置にあります。こうした状態において今一度、現在の自分の価値を見つめ直しこれを比較対象として今後の方向性を決めていきたいのです」

 

「更に具体的に言うのであれば、転職という視点を持っていることを伝えた現在、御社は僕の雇用主として僕にどれくらいの価値を見出しているのか、給与として再度表していただきたいと思っています」

 

「勿論、給料だけが僕の求める価値ではありませんが、それは絶対的に価値観の一部に含まれている要素でありこれを明確化していただきたいです。『どうせもうすぐ辞めるのだったら無駄に給料を増やす必要はない』という考え方とても良く理解できますし受け入れましょう。逆に、昇給したからと言って転職しないという保証も絶対にしません。要は僕の現行の価値が高い場合、それを上回る価値を感じさせる就職先が現れにくくなるかもしれない、そう申しています」

 

価値観とは難しいものです。自分が本当にやりたい事、地位や時間や人間関係など非常に多岐に渡りますが、会社として雇用主として一つだけ明確に数値で示せて、大多数の就職者の価値観の一部に絶対的に含まれている要素である「給料」というもので、転職を考え始めている社員である僕の価値観を見せてみろ、そう要求したわけです。

簡単に言ってしまえば昇給の問い合わせですが、ここは強気に行きます。遠回しの脅しでもありますね。特に僕の場合はチェーン展開している会社の傘下にある雇われ獣医師なので、人情とかそういうものに訴えるというよりは分かりやすい損得勘定で勝負をかけた方が良いと踏んでの揺さぶりでもありました。

 

結果、このミーティングの1週間後には給料は結構馬鹿にならない勢いで上がったのです。6年間勤めていてクライアントのフォロワーも多く地域制も理解している分院長の給料を上げて少しでも引き留めにかかるか、新しい人材を見つけて配置するか、どちらのほうがコストが少なくリターンが大きいか考えた結果だと思います。

軽く強請りですが、強請れる状況にあれば強請っておかないと大きな会社ってのは調子に乗るんだなと逆に思いましたね…そこまで一気に昇給できるなら最初からもうちょい上げておけよ…という気持ちが出てきたもんね、正直。

ただしここで会社側が「こいつどうせ辞めるんだから昇給いらんだろ」という判断をしていたら自分の中の『現行の雇用者に対する義理』といった価値観が一気に暴落していて、近隣のライバル病院の求人すら漁っていたことでしょうから、やっぱりある程度強気になってでも自分の価値ってのを確かめるのは大事だなぁと。

 

日本に帰って獣医師に会いまくる

 

転職が視野に入り、しかして結構ビビる勢いで昇給した矢先、今度は溜まりに溜まってしまった有給休暇を消化するために(やったぜ昇給後の消化だ)4週間の有給を取って日本で遊び呆ける、という時期に突入したのが今年の5~6月です。ちなみにこの間は割と昇給で満足感が出ていたためアクティブに転職先は探していませんでした

 

日本に一時帰国したわけですが、最終帰国がまさかの14年前という干支にすら余裕で周回遅れを許すオカシイ勢いで日本に帰っていなかったので「旧友」なんてモンにもほぼ存在を忘れ去られているのですが、じゃあ何をしていたのかというとこれはもうオンライン(というかツイッター)で知り合った日本の獣医師連中に片っ端から会ってオフ会という名の「飯奢られ会」に図々しく参加しまくっていました。いやぁ、上野動物園に伝説上の生物みたいな格好したパンダが来た!みたいなノリで皆さん会ってくれるし、ふれあい動物園でゴハンを与えよう!みたいなノリで皆さん飯食わせてくれるんだもの、楽しかったなァ()

 

そんなこんなで沢山の獣医師と出会い、症例相談から人生相談まで色々とお話を聞いてきたわけですが、いやぁ面白いことにね、自分と年齢が近しい30代前半の獣医師達に会うと、十人十色の経歴や立ち位置にこそあれ、皆が共通して「そろそろ転職」って言ってたんですね。やはり臨床勢は6年も経つとある程度の手業や知識は獲得しており、金銭的な余裕が少しでき始め体力にも余裕がある今こそ人生設計の一環として次の一手を指しに行かねば、と考えるものなんだなと感慨深く話を聞いていたのですよ。

普段は聞けない院長勢の苦悩や開業の流れ、企業病院の雇われ獣医師の話や、企業で雇ってる側の獣医師の話、非臨床勢の楽しい話、シェルター勢の視点、研究職達の熱意ある謎勧誘と、様々な人と話していて改めて感じたのが2つ。まず年齢的にやはり転職を考えるのは割と自然でありここで動くべきだと感じる面。そしてもう一つが「改めて獣医師ってすげぇ多岐に渡った仕事あるなぁ」という面。

 

この日本への一時帰国で沢山の人の話を聞くことで、昇給によって少し熱の冷めた転職欲が再び再加熱していったのですが、日本からオーストラリアへ帰国する3日前、ファミレスのハンバーグってなんでこんなに美味ぇんだ!という普通の日本人には意味分からんであろうテンションアゲアゲポイントにあった真っ最中、一本の唐突なメールで事態が再度動き始めます。

 

唐突なヘッドハンティング

 

ハンバーグを食べ終えて鉄板の上に残った和風きのこのソースをひたすらフォークでかき集めては口に運ぶ不毛な作業に精を出していたら、唐突に携帯がアラーム音を発し1本のメールの受信を知らせてきました。舌の奥にかすかに感じるシメジの旨味を噛みしめながらメールの差出人を見ると、どういうことか、それは1.5年前にうちの病院を離れてシドニーで開業している元同僚獣医師からじゃないですか。

 

実はコイツ(元上司ですが「コイツ」と呼ぶ仲)、ここ1.5年の間に何回か唐突なメールを寄越してきていたのです。大体いつも週末の夜なので酔ったノリでメールを寄越してきていることは容易に想像できるのですが、内容はいつだって「なぁ俺の病院で一緒に働こうぜー」です。今回のメールも正にそれでした。「時給〇〇出すぜ!残業も1分単位で出るぜ!オンコール無いぜ!こっち来いよぉー!」といういつものノリです。こりゃ確実にフットボール観ながらビール飲んでます。

 

唐突ですが皆さん麻雀はご存知でしょうか。知らない方は意味分からんと思うので読み飛ばしてもらって良いのですが、自分は割と麻雀が得意だと自負しております。その打ち筋は基本は堅実な面前派で、聴牌の気配を感じ取ったらねちねちと回し、駄目だと判断すれば降りてとにかく振り込みを避ける『硬い』打ち筋なんですが、同時に麻雀における非科学的で一番アツい要素である『流れ』を見極めることも得意だと思っております。流れが来たらその堅実な打ち筋が一変、敢えてのペンチャン・カンチャン待ちも辞さない、初手赤牌強打も地獄待ちも大好きという変則的な打ち筋です。そして誰かに流れを持って行かれている場合はこれを引き寄せるための安上がりや鳴き潰しも辞さない特殊な麻雀を打ちます。そもそも自分に麻雀を仕込んだ連中が元々ヤクザ麻雀打ってた人達(つまりそういうこと)なので仕方ないですね。

 

話がずれてしまった。やはり読む必要はなかった。とにかく自分は麻雀に「流れ」があるように、人生にもこうした「流れ」は存在すると思っています。そして自分の感覚が、このタイミングでいつもの内容を送ってきたこの元同僚のスパムに近いこのメールを「流れ」なのでは無いかと感じ取ったのです。真偽のほどは分かりませんが、このタイミングにこの内容、乗っかってみろと直感が囁くのですよ。

 

「また飲んでるでしょ!ところでいつもの如くの誘いだけど、今までは軽くあしらってきたから貴方もこの返答は想定してないと思うけどさ、実は今年は転職を考え始めているから詳しい話を聞きたいよね」

「お、本当か!一応他には内密にしてもらうとして、今度一回ちゃんと話そう」

「おk、オーストラリアに帰ってからが良いから1週間後に連絡するわ」

「ホリデー楽しんで」

「うーん、なんか考慮すればするほどアリに思えてきたぞ、とりあえず連絡する」

 

最終勧告

 

遊び呆けた4週間が終わった6月下旬、オーストラリアに帰国して最初の仕事の日。普段から馬鹿みたいに忙しいけど流石に4週間空いた後だと更に忙しく感じるのはブランクのせいではなく、自分が休んでいる間に獣医師が2人辞めて、1人が産休に入り、もう1人も辞表を出してタイムリミットが近づいているという状況に陥っていたのです。つまるところ、自分が転職意思を示した時期には他に5人居た獣医師が、あれよあれよと言う間に気づけば自分と院長の2人しか正規メンバーはいないような状態になっていたのです。こうなると分院を開いている余裕もなく、帰国後は自分も本院勤務となっており慣れない病院環境と濃縮された診察に追われていた疲労がのしかかっていたのだよ。

そんな濃厚な1日が終わり、看護師達が帰ったあとでせくせくとカルテ記入に勤しんでいたところ、やはり隣でカルテを書いていた院長が唐突に聞いてくる。

 

「で、あれから転職についての気持ちはどうなんだ…?」

「あー、それですけどね、やっぱりそのうちに転職はすると思いますね。概算だと10月くらいまでかもしれないですよ」

「やっぱりかぁ…まぁそうだろうとは思ってたけど10月かぁ…キツイなァ」

「エリアマネージャーはちゃんと人材確保頑張ってます?今ここで自分抜けちゃうといよいよ院長1人でマズいですよ…?」

「まぁ昔は1人でやってたから最悪しょうがないけど、エリマネは昇給したから転職考えなおしたとか考えてそうだよなぁ…」

「え、それ3月にわざわざ言っておいた意味なくなるじゃないですか。意思表示の念押しメール送っておいていいッスかね」

「そうしなさい。Bccを俺のメールにも送っておいて」

「CcじゃなくてBccなのね…」

「こちらもエリアマネージャーの出方をちょっと伺いたくて」

 

なにやら院長も院長でエリアマネージャーとバチバチ水面下でやりあっているようだが、ワイの知ったことではない。それよりも、最早獣医師が2人という厳しい体制になっているこの状況で「いきなり退職届出してきた自己中心的なヤツ」という立ち位置は絶対に嫌なので、エリアマネージャーにメール。

「エリマネへ。軽く近況報告的な意味でメールします。現行で自分の転職意思に変わりはありません。時期などは未定ですがどこかのタイミングで今の職場と地域を去ろうと考えていることだけ再度把握しておいてください。もし予定が立てば貴方と院長には真っ先にお伝えします」

 

対する返信。

「Hi!貴方からこういう難しい問題を率先して話してくれることは嬉しいわ。話してくれればこちらも色々とサポートできると思うから何でも気軽に相談してね!」

 

難しいのは分かっているしある程度頑張ってくれていることも承知しているけど、貴方にできる最大限のサポートは人材の確保と派遣なのですよ…僕ぁ今の病院自体に文句があるわけではないので、エリマネにできる範囲は少ないのよ…

 

再びのインタビューと誘致

 

その一方で引き抜きを狙う元同僚。自分がオーストラリアに戻ってきたと知るや否や間髪を入れずにまず電話凸。

「よぉ相棒!とりあえずあれだ、俺と話す必要はないと思うからうちの経営者とちょっと話してみてくれ!」

「お、おう、おおう!?」

「やぁこんにちは、初めまして」

「あ、え、どうもぉ!?」

「突然だけどうちのチームへの加入に興味があると聞いてね、とりあえずこっちに来て病院見たりチームに会ったりしてみないかい?」

「あ、いや、そうですなぁ!」

「8月の12日から14日までが休みって聞いたから、そこで飛行機のチケット取ったからあとでメールで送るね」

「あ、どもども…」

「じゃあ後は合って色々話そう」

「まぁ気楽にとりあえず来てみなって。なんか違うなと思ったらそれはそれで旅行だと思ってくれればいいからさ」

 

…もしこれが知らない人であったなら新手の宗教勧誘かマルチ商法かと疑わざるを得ない展開の速さであるが、残念なことに元同僚のコイツはいつだってこういう勢いで生きているので仕方がないのです。

そんなこんなで時間はグングン流れて8月。

 

与えられた飛行機のチケットで飛んだ先はオーストラリア第一の都市シドニーケアンズという田舎とは比べるだけ失礼と言わんばかりの大都会です。何故か飛行機チケットのオプションについていた機内食を頬張りつつ、目下に広がる家々の山と例のオペラハウスなる建造物を観ながら寒さに震えつつ元同僚とその友人である経営者に会う。病院を見せてもらい、現在のスタッフと挨拶。「貴方のことは話で聞いてるわ!いつウチに来るの?早く来て頂戴!」の一言を放ったオバちゃん獣医師の顔を見て安心する。あぁ、唯一分からなかった部分である職場の雰囲気もこれなら大丈夫そうだ。

翌日には実際のビジネスの話。とは言っても個人経営であり新病院はまだ建築中につき、契約書は簡単なものに。知ってる仲でなければここも警戒するけど、まぁここは信用しようじゃないか。それに獣医師免許は便利で、最悪何かが間違った方向に向かっても仕事はすぐに見つかるしな。

 

転職先が決まる

 

ということで、来年からシドニーに転職します

仕事内容は変わらず伴侶動物臨床獣医師なので、ぶっちゃけ仕事の内容はそこまで変わらないのですが、このヘッドハンティングを受けた理由は多岐に渡ります。

  1. 給料単純に一気に上がります。まぁ都会は生活費もめっちゃ上がるので節制生活は変わりませんけどね。
  2. オンコールが無い。ぶっちゃけこれのQoLの爆上げ具合は僕の求める「価値観」の上昇に大きく貢献すると思われます。
  3. 都市部の獣医療との関わり。これまで自分は「田舎の獣医療」を極めてきたと自負しています。周りに専門病院も救急病院も無い環境において、手元に来た症例全てを自らの手で何とかせざるを得ない環境における獣医療です。これのメリットは追い込まれた環境故に他人に投げ出さず症例に向き合わざるを得ないため、知識も手技も上達するという面ですが、逆に言うと求められているStandard of Care(標準治療)の上限値が低く設定されているというデメリットでもあります。ここまで6年は学びのメリットが高かったと思いますが、これ以上この環境に浸かっていると自身の考える標準治療のレベルが制限されてしまい、視野の狭い危険な医療を展開しかねないという部分に焦りを感じていました。ここで「都会の獣医療」を吸収することで、両方の視点から物事を観れる多角的視野を得られることを期待します。
  4. 様々な分野との関わり、コネクション。都市部には専門医や二次病院、大学などの各種研究施設、保護施設から動物園といった「様々な獣医師の職場」が存在しており、こうした新しいフィールドに関わりを持てることに期待します。自分自身の価値観を追い続けている現在、どこでどういう分野や人に興味を持つか分からないので、選択肢が多い場所に身を置くことべきだと考えます。

 

一方でデメリットは友人関係の再構築が必要な面と、野生動物との関わりが減りそうな面、あとはとにかく家賃が高くなることですかねw

最終的には価値観とメリット・デメリットを天秤にかけて、シドニーへの転職に有意性を感じたので、あとはもうシドニーでもメルボルンでもブリスベンでもぶっちゃけ良いのですが、そこはまぁ流れに乗ってみることにしましょう。

 

 

退職届を出す

 

シドニーから帰宅したのが昨日の午後ですが、その日のうちに退職届を作成。法律的には退職4週間前に提出すれば良いのですが、そこはやはり早めに伝えておいた方が会社側には良いので即日行動します。

問題は自分の転職意思を微塵も感じ取っていないであろうナース達です。内密にしろと言われたらこれはもうおくびにも出さないくらい秘密を守れるタイプの人間なので、今年の始めからあった転職意思は院長とエリアマネージャー以外には全く見せていないので、ただでさえ少なくなった獣医師で、6年という長期間働いていた自分の退職届は大きな動揺を生むと思われるので、退職届とは別に「状況を把握していなかったスタッフ達へ」という題で別に手紙を一筆したためました。内容は要約すると『事は1月から始まっていて、3月には院長とエリアマネージャーに話は通してたんやで、急な事に思えるかもしれんけどずっと前から話してたんやで』です。

まぁ要するに『獣医少ない中で辞めるけどこれワイのせいじゃないからな!会社を恨め!』という責任転嫁ですが、この業界ナースに嫌われたらオシマイなんでそこはハッキリと無罪を主張しておきましょう。だってまだ2ヵ月は普通に仕事するんだもの。

 

朝の7時に病院に行き、マネージャーを捕まえて上記の2枚を手渡す。今日は仕事じゃないのに早朝から封筒持って小部屋に呼び出してきた自分を見て全てを察してたマネージャーも流石に歴戦ですね。頂いた言葉は「去っちゃうのは残念だ」「でもそういう時期だと思う」「次のステップに向かうことは正解」といった内容。院長に続いて貴方も凄いよ、責任転嫁の手紙はいらなかったのでは…。物理的に手紙を渡すと同時に、同じ2枚を院長、エリマネ、分院のマネージャーにもメールで送信。

全員にバラして良いよと言ったので、その場にいたナース達には直接退職の旨を伝える。こちらもやはり「寂しい」「悲しい」「頑張って」「良いことだ」という意見ばかり。いやー、責めたり怒ったり不安と吐露されるかなと思っていたんですけど、これ日本人的な感覚だったんですかねぇ。良い奴らです。

 

 

残り8週間、スムーズに仕事からフェードアウトできるように頑張って行きましょう。

そして新たな生活の基盤を作るための書類作成だ免許更新だ家探しだ家の売却だと、問題はまだまだ山積みなのだ。